2010年を振り返って
2010年12月18日(土)
私は写真を撮られる事が嫌いでした。おそらく、写真は時間を止めて、固定して、畢竟それを手にした人は現在の自分を見てくれないだろうから、・・・と言うような気持ちからでした。いつも時計の針を、先へ、先へと進めたいと思って生きてきましたが、気がついてみれば時計の針はずいぶん回っていました。
二週間程前から YouTube と言うサイトにビデオをアップロードするために、今年の演奏会や去年のものまで、自分の演奏を見すぎて、いささか嫌になっていました。それは写真を撮られる事が嫌いなのと、似たような理由からでした。もう終わってしまった自分の演奏を聞き返す事は反省の材料にこそなれ、楽しくない時も沢山あるからです。いささか食傷気味になりながら、今日の演奏会のプログラムを準備していると、ここでも「今年一年を振り返る」という、時計の針を逆戻りさせなければ行けないような作業が私を待っていました。ビデオを見たり、今年一年のプログラムを振り返ったりして、何日間か、あるいはもしかしたらほんの何時間だったかもしれませんが、私はもう本当に何にも手がつけられない程に疲れ果ててしまいました。前を向く事、ひたすら前進する事、そして成長する事ばかりを考えてきたので、過ぎ去った事を反省や勉強の材料としては尊重しても、それ以上には愛着を持っていない自分がそこには居ました。
うんざりするような気分の中で、ふと気持ちが楽になる瞬間がやってきました。ビデオの中で演奏しているのは、間違いなく自分なのだと気付いたとき、過去を見ているのではなく、それが現在の自分と時間を越えて重なりあったような感覚でした。それは猛スピードで走る電車の先頭車両、しかも一番前の座席に座って、進行方向ばかりを見つめていたのを、振り返って後部の座席を眺めるのではなく、いったん後ろの座席に座ってみて、もう一度進行方向の景色を眺めてみる、・・・というような感覚でした。
音楽作品に接する時、現在から眺めるのではなく、本当に自分と言う存在を、何百年かさかのぼったところに置くことが出来なければ行けない、と感じていたのはおそらく、このことと何かが共通しているように思われました。
ですから今日は「今年を振り返る」のはなく、今年一年間が毎日そうであったように、将来の事、時計の針の進む先を見つめながら演奏したいと思います。
(藤井眞吾/2010年12月18日)
〜プログラムノートより
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