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Guitar Study

《夜想曲 ~鳥の歌による》Nocturno sobre “El Cant dels Ocells” by Shingo Fujii

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Nocturno sobre "El Cant dels Ocells" para 3 guitarras
~「夜想曲~鳥の歌による」ギター三重奏のための

gfd7.《鳥の歌》

富川君、大島君、栗田君へ

 さて、やっと最後の章にたどり着きました。
 ここ数日、曲が出来上がって一週間以上の間、私はいろいろと今回の曲のことを再考していました。これは今までは殆どないことでした。ある時点で(大抵は、それは締め切りの時点なのですが)、作曲をする、とか創作をするという作業から解き放たれ、それ以上考えないようにしていたからです。もっとも、楽譜を渡してしまえば、それ以上はどうにもならないからです。しかし今回は、少なくとも今日まで、まだいろいろなことを考えていて、「はたしてあそこの書き方はこれで良かったのだろうか?」とか「あそこはうまく弾けるだろうか?」などなど、様々なことに思いを馳せています。つまり、いつもいったん楽譜を渡してしまうと、そう言うことは一切考えなかった、ということを告白いたします。
 では、なぜそうなのかというと、私自身が演奏家であるからだと思うのです。私自身、若いときから「新作」の初演はいろいろとやってきましたから(勿論他の作曲家の方々の)、新作を初演する演奏家の気持ちというのを我が事のようにいつも感じているのです。だからこそ、私は曲を書くとき「演奏者の立場になって物事を考えない」ということに徹してきましたし、そうしなければ思うように曲を書くことが出来なかったからですし、曲をいったん書いてしまうと、それがどのように演奏されるかと言うことには、あまり関わらないようにしてきたのです。
 ところが今回は4月に横浜で皆さんとお会いし、そして曲の出来上がったところまでを一度聞かせていただいたから、なんだかそれから以降というものは、これまでの「作曲者/演奏者」という割り切った距離感を維持することが、すごく難しく、むしろ今回の場合はそれがいささか不自然に感じ始めていたのでした。・・・この話は、またいずれ(演奏会が終わってからにでも)いたしましょう。
 「変奏曲を書くよ」ということは、以前に話をしていましたし、実際これは「鳥の歌」をベースにした作品なのですが、私はこれを「Variation」とは考えていませんし、おそらくその範疇には入らないのかもしれないとも思っています。なぜなら変奏曲というのは「もとの音楽(テーマ)」があって、それを様々な角度から変化させていくものだからです。テーマがあってこそ、変奏曲なのですが、今回の場合は、曲の旋律線をカザルスの演奏を聴きながら採譜して、それを素材として作った音楽だというのが、正しい言い方です。その点で、私は古いスペインの音楽家達が使った「ディフェレンシアス diferencias」という言い方をしたいと思っています。
 たとえばイギリスの大作曲家、B.ブリテンの作品70「夜想曲のように Nocturnal」ではダウランドの「来たれ深き眠りよ」を主題とした変奏曲ですが、作者が素材として使ったあらゆるモチーフは、旋律線の中にも、伴奏音形の中にもすべて存在するものでした。ブリテンは現代的手法、あるいは彼自身の独自の手法によって、エリザベス一世の時代の音楽にメスをいれ、再構築し、強烈な力で仕舞いには奏者も聴き手も400年前にタイムスリップさせてしまいました。私がこの曲でやったことはブリテンの「Nocturnal」のように、明確に収斂する時間の方向も、音楽の方向もありません。おそらくカタロニアの空で鳴いていた鳥は、カザルスの生きていたときにだけ空を飛んでいたのではありません。その鳥は、ムーア人がイベリア半島を占領し、延々と続くレコンキスタの戦火のなかでも、そしてイタリアからやってきた天才がポルトガルの女王と秘密の恋に陥ったときも、ソルが祖国を捨ててパリへ旅立ったときも、いつもいつも空で自由に飛び回り、平和を謳っていたのだと、私は思うのです。
 カザルスは1974年に国連会議場で「私の祖国、カタロニアの空では鳥たちが、平和、平和、とさえずっています」と言いました。カザルスにとって祖国の平和は「希望」であり、そして「夢」でした。私たちがカタロニアの空で歌っていた小鳥たちの「平和」の詞を聞くためには、カザルスやソルや、スカルラッティや、沢山の人々の夢の世界に自ら入り込んでいかなければならないのかもしれません。
 最後の楽章(変奏)で聞こえてくる「鳥の歌」は、主題ではなく、やはりこれも「ディフェレンシアス diferencias」のひとつです。時が経つにつれ、曲の後半では、それはさらに茫洋とし、明瞭であった鳥の歌声がかすかになってゆきます。それは私たちが深い眠りと平和な夢の世界へ入っていった証だと、私は思いたいから、この曲を書きました。

藤井眞吾(5/6)


 
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