ハ長調
ハ長調に入って(この教本は調性ごとにまとめられ、ハ長調から始まります)、音階や前奏曲から始まり、そしてやっと Andantino や Waltz といった曲が始まります。これはすべての調で同じ構成です。
音階練習はみなさんやったでしょうか? 音階はその町を理解するために重要ですが、なんのために練習するのか、どのように練習するのかという具体的なプランがなければ、とても退屈な練習です。また指使いについてもよく考える必要があります。
「前奏曲」と題されたアルペジオの練習は興味深いものです。目的はその調における「終止形 Cadenza」を学ぶためです。しかし、どの調でももう少し単純で、代表的な和音連結で良いように思います。代理の和音なども結構使われるので、初心者には結構難しいのです。
さて音階や前奏曲はすっ飛ばしてもAndantino からはおそらく勉強すると思うのです。始めてこの曲を弾いて「なんだ、易しいじゃないか!」と思う人は、おそらくもうこの教本を勉強する必要はありません。嫌味で言っているのではありません、本当にそうなんです。
では「なんだ易しいと思って始めたが結構難しいな」と思う人は残念ながらよく練習、勉強してください。でもそれと同時に難しい理由を知る必要があります。初心者が突然スラスラと弾けるわけではありません。その理由について考えてみます。
ハ長調のセクションには「Andantino」「WALZER」「Allegretto」と三曲。まず第1曲めの Andantino。これは初心者にはかなり難しい。なぜかというと、いきなり「二つの音を押さえる(左手)」「二つの音を同時に出す(右手)」からです。さらに難しいのは2小節目の3拍目、4拍目。薬指(3)と小指(4)は普通は最も「いうことを聞かない」指です。多くの初心者はこれらを別の指(1と2、など)で押さえたがります。無理に「3と4で押さえなさい!」というとやがて左手にストレスを感じてよくない角度を覚えてしまいます。
右手も「同時に二つの音」と言うのは存外に難しいものです。私などは毎日の練習は短音を弾くことから始めます。同時に二つ以上の音(和音も)も別の練習として捉えています。初心者に最初から二つの音を弾かせると、大抵指先を弦に引っ掛けてしまいます。
もう一つ左手の問題。カルカッシの教本は、ハ長調が終わると、ト長調、ニ長調・・・と続き、次は短調に入り、第1部の最後は二短調で、第2部に入ります。ここまでは終始一貫してどの曲も「ロー・ポジション」で弾かれます。そのことがやがて大きな問題を生みます。ロー・ポジション(Low position)でばかり曲を練習することによって、手首を曲げた押さえを覚えてしまいます。私の Web サイト「GuitarStudy」の中の「左手の角度」をご覧いただければと思います。Ⓒの形です。
http://shingofujii.com/guitarstudy/StepUp/02_2.html
全くギターを弾いたことがない人にギターの奏法を教える場合(音楽の経験があるかないかにもよりますが)、必ずしも「ハ長調」が易しいとは言えません。また必ずしも「ロー・ポジション」が易しいとは言えない、と言うのが私の考えです。だからこの本は難しいと思うのです。教本の第1部に含まれる曲はほとんどが舞曲、ないしは旋律的と言うよりはリズムが重要となる曲です。こういった舞曲、ワルツなどは当時相当に流行したと言われています。カルカッシはギターでこういった流行の舞曲で生徒の興味を喚起したかったのでしょう。
旋律は多くの場合、いわゆる「コード(和音)」を押さえてそれを分散することによって現れます。ポジションの移動も極めて少なく、そのためこれらの曲が演奏容易であるかのように錯覚をしてしまいますが、音楽的視点から言えば必ずしもそうではありません。
しかし楽曲はいずれも非常によくできていて、軽やかで、あえて言うなら「品(ひん)」のいい音楽です。私は大好きです。決して多くはない技術的な課題を克服すれば、かなり楽しんで弾ける曲ばかりだろうと思います。しかしこういった楽曲ほど、美しく、軽やかに弾くことは容易ではありません。学習者の立場から考えれば、これらを「ただ音を出す」レベルで終えてしまうことは、決して良い経験にはならないと思います。特に舞曲ごとのリズム感はとても重要です。演奏のために求められる技術は限られています。その点から言っても、私は「異なる調性を経験する」と言う目的以外では、ここにある全ての調をを長い時間を費やして勉強する意味というのはあまりないだろうと思います。やるなと言っているのではありません。
ギターは旋律を美しく演奏のできる楽器です。そのことを学ぶための教材としてここにある楽曲は決して十分ではありません。学習者は「旋律と伴奏を同時に弾く」ことよりも、まず「旋律を美しく演奏すること」と「伴奏を正確に弾くこと」を分けて学ぶべきです。
【Andantino】
旋律がとてもシンプルで初級者にとってはとても良い選択だと思います。前にも言いましたが、旋律にはいつも六度とか十度の低音がついているので、それらの弾き方(右手)に気をつけること。最初は上(旋律)だけ、とか下(低音)だけを弾いてみて、良い音の出る指の角度や力具合を覚えることが重要です。それはとても重要な練習です。初心者の時は二つの音を同時に弾くと、とかく指を引っ掛けたようにしてやりやすいから気をつけましょう。指の弦に対する角度と、自然な指の振りを覚える。
上の音と下の音のバランスも大事です。でも、これをコントロールできるには少し時間がかかるでしょう。後半に入って旋律が上がったり下がったりしているうちに、「ド」にシャープがついたり「ファ」にシャープがついたりします。こういうシャープやフラットのアクシデントが起きた時は音楽が何か違う方向に行っている証拠です。そのことを感じなければいけません。半音変わるだけで大きな変化につながる、それが音楽の良いところです。
私は子供の頃この部分が大好きで、何遍も何遍も弾いて、その度に自分が一流の音楽家になったような気分になりました。これだけの変化でも、とてもドラマチックなことをやったように感じたからでした。
「ドミソ」の和音で始まった音楽が(ハ長調だから当たり前なのですが)、なんと「ソシレ」の和音で落ち着いてしまいます。いつの間にか隣の家の主人(あるじ)になったような気分です。そして元に戻る(ドミソ)時、再び気持ちが穏やかになります。
【VALZ】
この曲も初心者には、ちょっと難しいのではないかと思います。理由は Andantino の場合と同じ、同時に二つの音を弾くことです。指の動きに注意!
もう一つの難所は、十六分音符によるアルペジオではないかと思います。ワルツですから軽快な気持ちいいテンポでスタートすると、ここが難しくなります。こういう時右手を安定させるには、親指を軽くアポヤンドすること。アポヤンドする理由は音を強く出すためではなく、弾弦後に親指が隣の弦にのっていることによって右手全体が安定しアルペジオをコントロールしやすくなるからです。コントロールされた状態が体に染み込んだら、親指を放しても平気になるでしょう。
三つの部分から成り、三つ目は平行調のイ短調に。ここでもアルペジオの動きが。ただしここでは②弦が旋律なのでここを綺麗に際立たせること。最後の2小節の終止形は「?」。最後から2小節目3拍目は「ソ#」最後の音は「シ」で私は弾きます。
Andantino の後のワルツは対照的な音楽で、いいですね。こういう曲ほど「素敵な演奏」をしたいものです。ですから、仮にあなたが初級者であっても、テンポや音色やさらにはアーティキュレーションには妥協せずに練習して欲しいです。
【Allegretto】
第3曲目は Allegretto。弱起の曲がしばしばあります。アウフタクトがうまく数えられない生徒がしばしばいます。なぜなのか、私にはよくわかりませんが、そういう生徒はたいていの場合、メトロノームと一緒に拍をカウントするということができません。ですから、まずはそういう訓練から始めた方がいいでしょう。私が若いころ古楽をやっていた先輩から、P.ヒンデミットの「音楽家のための基礎練習」という課題集を薦められ、とても効果がありました。
直接的な練習としてはメトロノームをゆっくりと鳴らしながら「1・2・1・2」と声を出して数える、次に「2」の時だけ数える、そして最後は「1と2の間の白の裏」を数えられるようにする。それができたらギターで音を出してやってみる。
曲は軽快で楽しい曲ですが、そのように演奏するためにもモチーフのアフタクトの感じ方は重要です。また先のワルツ同様十六分音符のアルペジオのところでうまくいかなくなる方もいるでしょう。その時は「VALZ」でのアドバイスを思い出してください。二つ目のセクションの和音の変化は1曲目のAndantinoによく似ています。旋律が上昇し、変化が広がっていく様を感じましょう。右手の基本的な練習としても良い練習になる曲です。
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