●10/13~琵琶湖リサイタルシリーズ
広島でのリサイタル(11日)は私は聞くことが出来ませんでしたが、広島の友人から「素晴らしかった」というメールや電話をもらいました。12日には
David 夫妻を京都駅に出迎えました。宿泊先であると同時に翌日の演奏会場となるチャペルのある、滋賀県大津市の琵琶湖リサイタルシリーズホテルまで送りました。と言ってもJR京都駅から琵琶湖線でわずか10分。琵琶湖の美しさが二人はすっかり気に入ったようです。部屋からは曽の美しい景観が一望できるからです。「僕たちの
Vigo の家に帰ってきたたみたいだよ!」とも言っていました。彼等の家の窓からは大西洋が広々と横たわっているのだそうです。それからもうひとつ彼等が気に入ったことは、琵琶湖沿いにジョギング・コースがあることです。荷物を置くと早速二人でジョギングに出かけました。
夜は久し振りに我が家と弟(藤井敬吾)家族、そしてDaid に Maria Jesus で夕食をとりました。少なくともこういうメンバーが揃うのは(互いに子供が増えましたが・・・)おそらく18年ぶりのことではないでしょうか。これまでの来日でも、なかなかこんなにゆったりした時間は持てませんでしたから。
13日はいよいよ琵琶湖リサイタルシリーズです。ちなみに「琵琶湖リサイタルシリーズ」とは私の細君が主宰するデザイン・音楽事務所「マンサーナ」の企画による演奏会シリーズです。琵琶湖ホテルのチャペルを会場として、80名ほどの小さな会場ながら、ゆったりとして落ち着いた雰囲気と、ギターなどには最適の音響を持ったチャペルで、これまでに私もリサイタルをしましたし、ラファエラ・スミッツやアンティゴーニ・ゴーニ、そしてリュートのポール・オデットやガンバの平尾雅子、パオロ・パンドルフォなども演奏してきました。今回のデイビッド・ラッセルは私たちにとっても、そして
David にとっても、特別な雰囲気がありました。マンサーナのスタッフは4時に会場の準備に取り掛かり、私はそわそわとあちこちを歩き回っては、お茶を飲んだりして時間を待っていました。デイビッドは会場の30分ほど前にやってきて、イスの場所を確かめて、10分ほど音をだすと「OK」といって楽屋へ行ってしまいました。
会場のだいぶ前からチャペルの前には長蛇の列ができました。誰もが前の席で david を見て、そして聞きたいと思うのでしょう。会場は満席になりました。緊張がみなぎっていました。主催者によると、東京、横浜、長野、九州、名古屋、岐阜などの遠方からも沢山の方々が来られたそうです。私にとっても、娘のように小さな会場でデイビッドの演奏を聴くのは初めてだったので、今までにはない緊張を感じました。一曲目のテデスコは、大阪で聞いたときよりもはるかに「慎重な」すべり出しだったように思います。デイビッド自身がこの慣れない会場の雰囲気を掴もうとしていたのかもしれません。二曲目のバッハが終ると「次の曲に関して少しご説明をしましょう、眞吾、訳してくれるかな?」と呼びだされ、マンホンのこと、そして「バスクの調べ」という曲のことを解説しました。前半の最後、ラミレスとファルーの2曲が終るまで、聴衆は圧倒的に豊かな音量と美しくやわらかな音に酔いしれていました。
前半が終って休憩に入ると、聴衆はロビーでお茶をいただきます。あちこちから「ため息」のような称賛の声が聞かれます。そしてお茶を飲みながら、誰の顔もが明るく楽しそうに見えます。主催者のサイトでその様子を見ることが出来ます。
後半では前半で感じられた緊張感は微塵もなく、演奏者もそして会場の誰もが体中で音楽を楽しんでいるようでした。ヘンデルはキラキラと輝き、ウォルトンは大阪同様、圧倒的な演奏でした。最後のレイスに至っては当夜の白眉とも言える素晴らしい瞬間でした。客席から立ち上がって拍手をする若者・・・、鳴り止まない拍手に応えて、最後のトレモロ(バリオス)、スペイン・セレナータ(マラッツ)、アラールの華麗な練習曲(タレガ)が演奏されました。
演奏のあとは日本では恒例のサイン会。殆ど全員が並んだのではないかと言うくらいの長い列、CDや楽譜も飛ぶように売れていました。そしてやっと、打ち上げパーティーへ。デイビッドの友人や関係者のみでの夕食会でしたが、いつまでもギター談義や、ワイン談義に花が咲きました。またデイビッドの目の前に座った、プロ志望の15歳の少女には「英語を勉強しなければいけませんよ!」と真剣にアドバイスしていました。この日の夜は、いささか遅くまで飲んでしまいました。 |