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更新:2005年4月6日

曲目について-2

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藤井眞吾 ギターリサイタル〜ギターのための小品集
すべては薄明のなかで [4/14 in BIWAKO & 4/21 in TOKYO]
【曲目について by 藤井眞吾】

2.前奏曲、フーガとアレグロ BWV998(J.S.バッハ)

 バッハの自筆譜に「リュート luth またはラウテンベルケ Lautenwerke のために」と書かれたこの作品は実際には当時のバロック・リュートで演奏するには極めて困難で、ギタリスト達同様、リュート奏者もこの作品を演奏するには多くの工夫をしなければなりません。とはいえ、前奏曲のたゆたうような流れと、フーガの喜遊部における分散和音、そしてアレグロのシンプルな構造など、リュートやギターのような撥弦楽器には最適の性格を備えています。「ラウテンベルケ」とはリュートのような音色を持った鍵盤楽器(チェンバロ)で、バッハが考案したものだと言われていますが、その名前がバッハの遺品カタログにみられるというだけで、はたしてどのような楽器であったのかは、さだかではありません。
 原曲は「変ホ長調 Eb-Major」というキーでかかれていますが、バロックリュートにとっても、そしてギターにとってもこれは現実性のない調性です。現代のリュート奏者の多くは「へ長調 F-Major」で演奏しているようです。ギターでは「二長調 D-Major」で、これはおそらく唯一の可能性でしょう。
 この曲を始めて完全な形で聞いたのは、私が中学生の時、函館に来演した「鈴木巌」さんの演奏でした。またその直前には初来日したオスカー・ギリア氏の演奏で、こちらはNHK-FMの放送だったと思います。当時私にはこの曲はひどく退屈なものに思えました。プレリュードではいつまでも同じような旋律が繰り返されますし、フーガでは冗長な印象と執拗に繰り返される分散和音がひどく退屈に思えました。当時の私には「シャコンヌ」を聞いても同様な印象しかありませんでしたから、バッハの良さは少しもわかっていなかったのかもしれません。そう思いながらもオスカー・ギリア氏の放送は、当時買ってもらったばかりのカセット・テープレコーダーに録音して何度も何度も聞いたものでした。作品自体の音楽には興味がなかったのに、ギリア氏の演奏には、何とも言えない清潔さと完璧さ、崇高さがあって、それに強く惹き付けられました。
 それから10年くらい経って、パリのコンクールでスェーデンの新鋭ギタリスト、イェーラン・セルシェル氏が独自の11弦ギターで弾いたライブ録音がやはりNHKで放送されましたが、これはまさに神がかった演奏で、それを聞いたときの感動や興奮は今でも忘れることが出来ません。音楽がこれまでに聞いたことがないほど雄大で、スケールが大きく、また情熱的で、バッハの音楽をこんなにも美しくギターで演奏できるセルシェル氏に「嫉妬 」すら覚えたのでした。
 今では当然のことながら、楽器の隅から隅までを勉強してしまっているので、この曲が如何に精密に、そして巧みに作曲され、構築されているかを知ってしまっているので、自分が演奏するとなるとまさに作品と格闘せざるを得ない面というのは否定できません。また技術的にも、どの楽章でも、決して易しくはないので、いまだかつて余裕を感じて弾くことなどは出来ません。ただ、子供の頃には殆ど感じることのできなかったことが、いまでは単純に面白く感じられるようになり、ひたすらそれを表現したいと思って演奏しているわけです。
 この曲も私にとってはなかなか上り詰められない山のひとつなのです。

 


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