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2009年3月の Diary
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2009

 
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鴨川カフェ
2009年3月17日(火)

上の娘が、京都市内にある「鴨川カフェ」というところで、友達と作品展示会をやっているのですが、明日でもう終わりだというので、今日慌てて、家内と、下の娘を伴って行って参りました。荒神口にあって、このあたりは私が大学生時代を過ごしたところでも有り、一気に30年以上を遡った気分になります。二人の作品は若々しいエネルギーの中にもなにか「ほのぼの」としたものが感じられ、楽しい気分になりました。帰りは四月から札幌で大学生活を送る下の娘を車に乗せて、熊野神社から河原町通を北上、吉田寮の前を通って、百万遍を右折、農学部前から白河通りを南下。懐かしい道々をドライヴしました。時は経っても学生の空気というのは余り変わっていないような気がしました。今日はやっと春らしい暖かい日差し、家内の運転する車の中で、うとうとと午睡をしてしまいました。娘は札幌行きの飛行機の切符を手に入れ、スーツを買ってもらってご機嫌です。

 

寒かった《春の訪れ》
2009年3月14日(土)

コンサートのタイトルは《春の訪れ》だったのに、今日は真冬と同じくらいの気温。おまけに風も強かったので、とても寒かったです。会場の ArtStage567 は窓からの隙間風が少しあって、いつも演奏している位置では手もとに冷たい風が当たるので、演奏場所を変えてみましたがいかがでしたか? 雰囲気だけでなく、音の響き方も変わるような気がしました。前半ではポンセとブローウェル、シリーズとしては少しヘビーなプログラムでした。後半は1830年製作のブッヘルで、ソル、ジュリアーニ、ディアベッリ。この楽器を弾き初めて丸一年が経ち、楽器がどんどん鳴るようになってきているのがわかります。特にジュリアーニやディアベッリでは、まさにこういう機能を持った楽器のために作られた音楽なのだということが感じられました。次にブッヘルをお聞きいただけるのは5月30日の《19世紀のギター音楽〜練習曲とソナタ》、来月4月は《武満とブローウェル》です。

 

命を作る・・・?
2009年3月13日(金)

明日はコンサートシリーズの第30回《春の訪れ》です。曲目をアップしましたのでご覧下さい。20世紀のギター音楽と、19世紀のギター音楽を演奏します。楽器(三浦隆志 製作 1989 & J.Bucher 1830頃)のコンディションも極めてよいです! 当日券もありますので、お時間のある方は是非ご来場下さい。お問合せはマンサーナ(Tel.075-972-2834)。 毎月開催しているこのコンサートシリーズ 、その回が終るごとに、次回、あるいは二ヶ月後、三ヶ月後の予定を決めていますが、毎回悩みます。とても難しいのですが、しかし、何をやるかを考えることはとても楽しい作業でもあります。夢や希望は、果てしなく膨らみます。時にはそれに追いつけないときもあります。しかし、そんな危険を恐れていては、このコンサートシリーズの面白さは無くなります。それと同時に、予定が決まるとむこう何ヶ月か、私が勉強したり練習しなければいけない曲は決まってしまいます。それは私が日常何をやるかを決定することでもあり、それはすなわち私自身の生き方・・・、人生・・・、つまり私の命を決定すること・・・、と言っても過言ではありません。命があること・・・、これに勝る喜びはありません。そしてそれを実現して行く日々が私の人生でもあります。これは今回決定したむこう三ヶ月の予定です。まずは明日の私の「命の証」をお聞き下さい!

 

シリーズ第30回目《春の訪れ》
2009年3月11日(水)

前回のコンサートシリーズが終ってまだ2週間しか経っていませんが、色々な都合で今月はもう今度の土曜日です。今度が第30回目、フと気がついてみるともうこんな回数になっていました。このシリーズをスタートしたとき、毎月開催と決めて、内心「一年間かな・・・」と思っていたのですが一年間が経ってみると、やり足りないこと、新に思いついたことなどがあって、二年目に突入しました。三年目は「隔月にしようかな・・・」と思ったのですが、せっかく定着したスタイルだったので、少し頑張ってみました。三年目はペースを落とすと、もう二度とそのペースがもどせないような気がして、今はやっています。
何はともあれ「30回目《春の訪れ》」、今回は特にテーマはありません。間近に迫った春の季節を祝して明るく元気な音楽をお聴き下さい。久し振りにブローウェルの「黒いデカメロン」も演奏します。他にはポンセのソナチネ、そして前回もお聞きいただいたディアベリのソナタなどを19施イキギターのブッヘルで演奏いたします。お問合せはマンサーナ(tel.075-972-2834)まで、チケット予約はこちらです。

 

さくらさく
2009年3月7日(土)

昔は大学に合格すると「サクラサク(桜咲く)」などという言葉が電報で届けられました。私が大学に入った時もそうだったと思います。今日、末娘が北海道大学に合格しました。高校三年間はほとんどクラブ活動に没頭していただけに、志望校への合格は本当に大きな喜びです。予約していた後期試験のための飛行機とホテルの予約をキャンセルに樟葉のJTBへ行くと、事情をご存知だった担当の女性が私たちの顔を見るなり「合格されたんですね! おめでとうございます!」と声をかけてくれて、喜びもいっそう膨らみました。家族や親戚、友人などから沢山の祝福を頂き、喜びの声を頂いて、でも一番嬉しかったのは本人でしょう。夜は「尾頭付き」でお祝い。長女からの合格祝いのお花を飾ったテーブルで「おじいちゃんの梅酒」も一緒にお祝いです。昼間に「さくらさく」と懐かしい言葉でメールを送ってくれたのは友人のM氏。私と同じ世代、嬉しかったです。WBCも韓国に快勝、今日は一日「祝勝気分」です。

 

他にも《作曲家の思惑》は・・・
2009年3月5日(木)

今日はひな祭り。昨夜になって娘があわてて「お母さん、おひな様を出してあげなくっちゃ!」と、やはりいくつになっても女の子らしいことを言って、娘達の部屋は長女がもうすぐ展覧会でまるでアトリエ状態なので、私たちの部屋におひな様と内裏様がやってきました。長女と次女のおひな様は、堂々と内裏様を押しのけて前面に、大人しくその後ろにひかえた二人の内裏様は、まるで「三歩下がって妻の影を踏まず」と言っているようです。私が「それは男女差別だ、君たちは田嶋陽子か!」というと、「女の子のお祭りだからこれで良いの!」と取り合ってくれません。今日は一家そろって、家内の作ってくれたちらし寿司を美味しく頂きました。 関東は雪、八幡市も日中はみぞれまじりで、寒い一日でしたが、家の中は押し出しの効いた二人のおひな様が、明るく微笑んでくれていました。 ファリャの編曲がだいたい終わりました。

 

三歩下がって妻の影を踏まず
2009年3月3日(火)

先日《作曲家の思惑》というタイトルでコンサートをやりました。「作曲家はこういうことを意図して書いたんじゃないか・・・、本当は・・・」ということがテーマでした。武満さんの作品や、タレガ、ディアベッリ、などを演奏しましたが、いずれもこれは私が長く考えていたこと、そして今も勿論答えは出ていないのですが、無視することの出来ないことばかりです。このコンサートシリーズだからこそ、実現できた企画だと思っています。すると、演奏会が終わって、聞きにきてくれた私の生徒から「・・・先生、他にも作曲家の思惑と違う曲ってあるんですか?」とメール。そのメールを見て「ドキッ!」としたのですが、もしかしたら私に取ってはそう感じる曲・・・、つまり一般に思われているのとは、作品本来の意図が違うのではないか、という曲の方が多いかもしれない、と思ったのでした。そうなる理由は、出版者の意図であったり、後世の演奏家のせいであったり、あるいはマスメディアの作り上げた虚像であったり、オリジナル作品でない場合やギターを弾かない作曲家が書いた作品の場合にはそれの校訂作業に携わったギタリストのせいであったりします。そう考えてみると「俺って、なんて疑り深い人間なんだろう・・・」とちょっと、うんざりしてしまいました。生徒には「いつも作曲家の意図を良く汲み取ってお勉強をしましょうね!」と優しく返答をしました。 さて、もう来週が今月のコンサートシリーズです(3月14日)。今回は《春の訪れ》と言うテーマで、ややこしいことは何もありません。私の大好きな、元気な音楽をいっぱい聞いて下さい!

 

ファリャの音楽
2009年3月1日(日)

かなり押し迫った状態で仕事をやっています。昨日、アートステージでのコンサートを終えたばかりですが、実は作曲と編曲の仕事が押し迫っています。依頼者に迷惑をかけないように、おそらく、最大級のトランス状態に入らなければいけないだろうと思っています。 その中のひとつは、マヌエル・デ・ファリャの有名な「スペイン舞曲 第1番」のギター四重奏編曲。「はかなき人生 La Vie Breve」の中の一曲ですが、同組曲から「間奏曲」もあわせての編曲です。これらの曲はもう10年くらい前に、ギター五重奏曲として編曲したのですが、この編曲はその後色々なところで演奏いただいています。しかし今回、フォレストヒル・ギター・カルテットのために「ギター四重奏版」を作ることになりました。五重奏版は私にとって最高の編曲のひとつですが、今改めてそれを見直すと、ファリャの音楽のすばらしは勿論のこと、彼のオーケストレーションに対する誠実さや斬新さを改めて感じます。遅筆であったとよく言われますが、それは自分の音楽に対しての完璧さを求めるところから来ているのでしょう。音のひとつひとつが、まるでピカソのカンバスに向ける筆致のように、音と音の響き合いを求めて、厳選されているように感じます。 ギターのアンサンブルはこれを表現する事ができると信じていますが、かつて五重奏にアダプトしたそれを、四重奏に翻訳することは思っていた以上に大変な作業です。

 

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