プログラムノート/藤井眞吾
いわゆる「クラシック・ギター」(・・・ヨーロッパ諸国の伝統的な言い方に寄れば「スパニッシュ・ギター」)の隆盛は二十世紀初頭からスペイン、そして以降もヨーロッパを中心として見られ、名演奏家の登場とそのレベルの高さ、さらには彼等の活躍に触発されて誕生した数々の優れた音楽作品は私達にとって貴重な財産であります。中でもスペインの巨匠、アンドレス・セゴビア
(Andr市 Segovia/b.1893-1987)の存在は余りにも大きく、セゴビアをあえて「第一世代の巨匠」と呼ぶなら、セゴビアから直接の指導・薫陶を受けたイタリアの巨匠、オスカー・ギリア氏は(Oscar
Ghiglia/1939- )「第二世代の巨匠」を代表する一人であります。本日二重奏で共演する福田進一氏は我が国を代表するギタリストであることは申し上げるまでもありませんが、マエストロ・オスカー・ギリアの愛弟子であり、「第三世代」を代表するグローバルな活躍を展開しています。
今回の「オスカー・ギリア ギター・リサイタル 2005」ではそういった貴重なレパートリーを網羅し、ギターの魅力が至る所にちりばめられ、息の合った「師弟二重奏」では私達を存分に楽しませてくれるものと期待しております。まさに2005年最大のギターイベント、と言えるでしょう。
●J.S.バッハ(A.クラウゼ編曲)/トリオソナタ ト長調
バッハ(J.S.Bach/1685-1750)がその息子、ウィルヘルム・フリーデマン(Wilhelm
Friedeman Bach/1710-1784)の教育のために、すなわち彼を立派なオルガン奏者にするために、という教育的意図をもって作曲したと言われる
BWV525-BWV530 の六つのトリオソナタは、それ以降も後世の音楽家達によって、様々な楽器のために編曲がなされています。それは「特定の楽器を前提としていない」ないしは「楽器の指定は絶対的なものではない」という時代の柔軟性に由来するばかりではなく、この一連の作品が、音楽的にも優れた内容であることを物語っています。
バッハのトリオソナタは「1.ふたつの旋律楽器と通奏低音(BWV1039, BWV1079)」「2.ひとつの旋律楽器とオブリガートチェンバロ(BWV1014-1019,
BWV1027-1029, BWV1030-1032)」そして「3.オルガンのため(BWV525-530)」と三つの種類が見られます。中でもこのトリオソナタはギターに相応しく、二重奏のための編曲では二人の奏者の丁々発止のやり取りが、美しい緊張を生みだします。
第1楽章は表題を持たない2/2 第2楽章は12/8の Adagio 第3楽章は3/4の Allegro
●M.M.ポンセ/スペインのフォリアによる変奏曲とフーガ
メキシコの至宝、マヌエル・マリア・ポンセ(Manuel Maria Ponce/1982-1948)は早くからその音楽的才能を表します。歌曲「エストレリータ
Estrellita」は巨匠ハイフェッツの演奏が引き金となり、世界的に知られるところとなりますが、ポンセの音楽的背景にはメキシコの民族音楽のみならず、ボローニャ(イタリア)、ベルリン(ドイツ)での若き日の修業・・・、そしてキューバへの一時的な亡命・・・、さらにはフランスの歌姫・クレメンティナ・マウレル
Clementina Maurel との結婚・・・、スペインの巨匠アンドレス・セゴビアとの運命的な出会い・・・、43歳にして再びの渡欧・・・、などなど波乱万丈の人生が深く関わっています。
1923年メキシコを訪れたセゴビアのギター演奏はポンセの心を捉え、そしてセゴビアは早くもポンセの才能を見抜き、ギターのための新作依頼がスタートします。以後ポンセは生涯にわたりギターのために、そしてセゴビアのために数々の名作を書き上げていきます。主題と20の変奏、そしてフーガを配したこの長大な作品は、ポンセがパリ滞在中の1928年には既に着手されており、1930年あるいは1931年にセゴビアによって初演されています。独創的な和声をまとった主題に続く、変奏はいずれも際立った個性を持ち、さながら聖書の各章を要約したかのような深い含蓄に溢れています。この作品は疑いなく、20世紀ギター音楽の金字塔であり、若いギタリストにとっては試金石ともいえる存在です。
テーマの《スペインのフォリア》は、イベリア半島を起源とした舞曲ですが、古今の作曲家達がこれを題材として数々の名作を生み出しています。中でもイタリア・バロックの大家、アルカンジェロ・コレルリ(Arcangelo
Corelli/1653-1713)のバイオリン・ソナタ第12番は有名です。ちなみに、ロシアのピアニスト・作曲家、セルゲイ・ラフマニノフ(Sergei
Rachmaninoff/1873 - 1943)はアメリカ亡命後の1931年、クライスラーの導きで知るところとなったこの主題を自作「コレルリの主題による変奏曲
Variations on a Theme of Corelli op. 42」として自らの手でモントリオールにて初演しています。言うまでもなくこれは《スペインのフォリア》を主題とした変奏曲なのですが、20の変奏を持つという楽曲構成上のポンセとの奇妙なまでの類似点、そして1931年という時期の不思議なまでの符合に、想像をかき立てられずにはいられません。
●H.ヴィラ・ロボス/3つの前奏曲
1920年代から1960年代にかけて、すなわち最も精力的であった時代から円熟期を迎えようとしていたスペインの巨匠アンドレス・セゴビアのために作品を書き綴ってきた各国の作曲家達の中で、ブラジルの大家、ヘイトル・ヴィラ・ロボス(Heitor
Villa-Lobos/ 1881-1959)だけは独自の軌道を持っていました。ビラ・ロボス自身がギターを演奏できたと言うこと、そしてブラジルには既に独自のギター音楽が存在したということ。それ故に彼は決して、セゴビアという巨星を周回する惑星ではなく、ブラジル音楽、あるいは自身の創造した音楽の中からギターの音楽を紡ぎだしていました。
1940年の「五つの前奏曲 Cinq Pr四udes」はヴィラ・ロボスのギター音楽集大成とでも言える作品で、クラシックギターのスタンダードなレパートリーとなっています。ギリア氏は以前からこの前奏曲集を愛奏しており、今回三曲演奏するということのみが報じられ、はたして何番を聞かせてもらえるのか分からないものの、その円熟の境地と独自の解釈に期待が集まります。
●J. ブラームス(J.ウィリアムス編曲)/主題と変奏(「弦楽六重奏曲 第1番 op.18」より第2楽章)
この作品の編曲者であるギターの名手、J.ウィリアムスによれば「・・・私の大好きなこの Andante
と変奏は、ニ短調というキーも、そして古きスペインのフォリア舞曲に近い和声も、ギターには良く合う」というこの作品は、「ドイツ三大B」の一人、ヨハネス・ブラームス(Johannes
Brahms / 1833 - 1897)の弦楽六重奏曲第1番(作品18)から第2楽章が原曲である。 また編曲者は原曲の弦楽版よりはブラームス自身がクララ・シューマンのために作ったピアノ版をより参考にして、ギター二重奏版を作ったと述べていますが、主題と五つの変奏はいずれも、あたかもギターのためのオリジナル作品のごとく見事に仕上がっています。
●F.ソル/幻想曲 Op.54 bis
19世紀のギターを語る時、決して看過できない音楽家の代表が、スペイン、バルセロナ生まれのフェルナンド・ソル(Joseph
Fernando Macari Sors/1778 〜1839)でることに何人も異存はないでしょう。11歳でモンセラートの修道院で厳格な音楽の基礎を学び、後にイタリア人、フェデリコ・モレッティのギター演奏に感銘を受けギターの為の作品を書き始めます。1804年にナポレオン軍のスペイン侵攻が始まると、ソルは迎え撃つスペイン軍の一人として、またそのための軍歌を作曲して活躍しますが、ナポレオン撤退後はまるでその後を追うようにフランスへ渡り、その後は生涯スペインへ帰還することはありませんでした。パリ、ロンドン、モスクワなどほぼヨーロッパ全域で、演奏家として、作曲家として活躍したソルは、以後「Sors」というカタロニア語による表記を捨て、「Sor」と自らの名前を表しています。
演奏会用独奏曲、教育を目的とした練習曲など数々の作品・傑作を残したソルですが、ギター二重奏においても名作は多く、なかでもこの「幻想曲
Op.54bis」は充実した作品です。壮大な序曲を連想させる Andante Allegro、軽快なリズムの中にも艶やかな装飾と変奏が施された
Andantino、そして最後は6/8拍子、Allegro のスペイン舞曲が生き生きとそして壮大に続きます。
なお、この曲はマエストロ・ギリア氏が前回来日の折りにも、愛弟子・福田進一氏と見事な演奏を聞かせて下さいましたが、今回の再演はあの時の興奮をきっと再現してくれるものと、期待して止みません。
●P.ヒンデミット/ロンド
多才な音楽家として知られるパウル・ヒンデミットは(Paul Hindemith/1895-1963)歌劇、交響曲、歌曲、そしてあらゆる種類の楽器のための作品を残しましたが、ギターのためには唯一この「ロンド
Rondo (1925)」があるだけです。短い中にも、簡潔な筆致で、豊かに楽器を鳴らし、楽器本来の音色の妙を引き出すこの作品は、ギターのアンサンブルにとってひとつの重要な規範と言える作品となっています。
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