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El Decameron Negro
Night Sketches


 
River Run 初演(2004年9月)

●9月11日(土)

 ギター三重奏曲としては2作目にあたる「River Run」を脱稿したのが、8月30日。あっという間に初演が終り、この曲が本当に産声(うぶごえ)をあげたわけです。

「9月10日/19時開演/ 北九州市/ウェルとばた・中ホール
「9月11日/19時開演 /福岡市/大名MKホール」

 今回私は、初演が行なわれたこれら二つの演奏会に、作品の作曲者として立ちあうことはできませんでした。本番までの2週間足らずの期間にも演奏者達と、作品の内容や演奏の具体的な事に関して指示を出すことは全くありませんでした。理由のひとつは、作品が出来上がったその日、すぐに楽譜を届けて彼等が初見で既に音楽を十分に捉えていたこと、そして何よりも三人の演奏者がこの作品を一目で好きになってくれたことが、私が楽譜のなかに書き込めたこと以上に指示をする必要はないと感じさせたからです。

 もう少しプライベートな観点を申し上げると、松下さんや池田さん達とは、これでにも何度も一緒に私の作品を弾いてもらったり、また熊本での夏季講習会ではいくつもの音楽を一緒にやってきた、という信頼があったので、彼等に残された時間がわずかであっても、作品の中からどれだけの音楽を引き出してくれるかという大きな期待があるわけです。岩崎さんは若いながらも既にスペインで相当のキャリアを積んでこられていますし、この三人が友人として強い信頼関係を持っていて、彼等が大きな情熱をもってこの演奏会に臨んで、また自由で闊達な発想が三人の会話からあふれ出ていて、私の作品に限らず演奏会全体がきっと音楽的なものになるだろうと強く感じさせていました。全くあたらし作品というのがいつの場合も演奏者にとっては幸福な存在であるとは限りません。しかし、演奏者がその作品と付きあう、というか、関わっている時間が有意義で、そして結果的に幸福なときであるようにという努力はいつも万全でなければならないのです。

 ですから、この何日間かは、そして昨日・今日と、二回の初演が終って、電話越しに聞かれる演奏者三人の溌溂とした声、充実した言葉、また演奏会に足を運んで下さった方々から送られてくるメールなどのお蔭で、私もおそらく彼等と同様に充実した時間の経過を自覚することができているというわけです。いよいよ来週には「琵琶湖リサイタルシリーズ」では彼等の演奏で「River Run」を聞くことができるわけですから、この楽しみは言葉で言い様もありません。むしろ二回の本番を終えて、彼等の中で起こっているであろう「変化」の様なものをたのしむことができるかもしれません。
(写真左から/岩崎慎一、松下隆二、池田慎司)

 勿論今回の演奏会の興味は私の作品ばかりではなく、ニャッタリの《肖像》がL.アルメイダ版(三重奏版)で演奏されること、それぞれの二重奏で見せる個性のぶつかり合いや融合、等々。来る「琵琶湖リサイタルシリーズ」が終りましたら演奏会全体のことを、このページでお話したいと思います。

●9月15日(水)

 爽やかな快晴に恵まれたこの日、演奏者三人は順調に高速道路を飛ばし会場となる琵琶湖ホテルへ到着しました。九州からやって来た松下君、池田君はともかく、大阪に住んでいる岩崎君までもが「琵琶湖は、初めて!」と子供のようにはしゃいで、10階の部屋のベランダをいっぱいに開けて、キラキラと輝く湖面と雄大な景色を満喫していました。会場となるチャペルを案内すると、ステージ越しに見える景色が美しく、またまた大はしゃぎ。旅の疲れをとるべく、しばらくお茶を飲んでリハーサル開始。まず、彼等三人の豊かな音量と、美しい音色が一瞬にして聞く物の耳を捉えます。本番を楽しみに、そして開場時間になるとやって来る様々な方達とご挨拶を・・・。
 いよいよ本番になるとステージ越しの景色は夜の帳がおり始め、琵琶湖を彩る噴水が一際光彩を放っています。プログラムでは今回の中心となるブラジルの作曲家、R.ニャッタリの「肖像」全4曲をひとまとめに演奏するのではなく、先ず一曲、そしてヒンデミットや二重奏を挟んでまた一曲、そして第2部の最後に(つまりコンサートの最後に)残りの2曲という工夫が凝らされていました。柔らかく、しなやかなリズム、池田君の官能的で美しいメロディーが素敵です。とにかく乱れることの無いアンサンブル・・・、それどころか、アンサンブルの中で三人が自在に遊んでいる様子が小気味よく、痛快です。二重奏は松下と岩崎で「カスティーリャ(I.アルベニス)」、池田と松下で「月の光り(C.ドビュッシー)」、そして第2部の最初には池田と岩崎で「スペイン舞曲第1番(M.de ファリャ)」が演奏されました。二重奏の時には三重奏に比べて一人一人の個性が少し色濃く見えてきますが、決してそれを意図している様子もなく、三重奏との音楽的バランスがとれていることが今回の演奏会の成功のきっかけとなったと思います。前半では2曲の「肖像」と二重奏による「月の光り」が印象的な対比を織りなしているように思えました。

 私の作品「River Run」は後半の2曲目。 ともすると「暴走」しそうな箇所はいくつもあるこの曲ですが、岩崎が常にテンポとリズムのコントロールを冷静に行っていました。松下と池田の間で幾度も行なわれる掛け合いは見事に息が合っていて、「ひとつの流れ」を描き出しています。楽譜の中にはあまり細かなダイナミックスの指示は書き込まなかったのですが、彼等はそれをとても自然に表現していて、見事な変化をつけていました。中間部での静寂や、響の厚みも綺麗に作り出しています。コーダに入ってからのクレッシェンドも豊かに、見事な演奏を聴かせてくれました。作曲者としては大満足の演奏! いやあ、本当に素晴らしかった、有り難う!
 しかし当夜の白眉は何と言っても、この後に演奏された「肖像」の2曲。再び取り戻したしなやかなルバートや、旋律の艶やかさは彼等がこれらのブラジル音楽を深く愛し、理解していることを示してあまりあります。終曲の切れ味爽やかで、軽やかなリズム、そして池田の「ノリノリ」の旋律は即興的にすら聞こえる演奏でした。アンコールも秀逸! この日会場には幾人ものギタリスト、ギターを学ぶ若者、作曲家、そしてギターは初めて聞くという音楽愛好家が詰めかけましたが、いずれの人達も納得し、満足し、楽しんで帰ったのではないでしょうか。

 最後に一言、・・・またスケジュールがうまく合ったら、またこの三人でギター三重奏を聞かせてて下さい。出来れば、もっと「三重奏」にこだわったプログラムを聞きたいと思います。中には「それぞれのソロも聴きたい」何て言う声もあるでしょう。もっともなことだと思います。これだけの力量のある奏者達なのですから。しかし、私は逆です。今回は三重奏と二重奏という組み合わせが、ほど良い音楽の質の変化として聞くことが出来ましたが、これがソロとなると、個々の奏者の個性が突出してしまい、音楽会としてのまとまりに欠ける危険性があるからです。勿論、それを逆手にとって、変化のあるプログラムを構成することもいつの日かは可能でしょうが、これだけのアンサンブルを聴かせてくれる三人なのですから、私はもっともっと三重奏を聞きたいと思いました。
 そしてもう一言・・・、池田君、松下君、岩崎君、演奏会の大成功おめでとう! そして僕の作品「River Run」は完全に君たちの手によって生命を与えてもらいました、有り難う!

藤井眞吾(2004、9月16日)

 

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