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本日のプログラムを企画したとき、何の疑いもなくショパンのピアノ曲〜ギター編曲はF.タレガ版を使おうと決めていました。タレガが素晴らしい作曲家である事は周知のことですし、7月に演奏したタレガ版によるベートーベンの《月光ソナタ 第1楽章》は、「さすが!」と思わせるアイデアに溢れた素晴らしい編曲であったからです。実はF.タレガという作曲家はギターのためのオリジナル作品をはるかに凌ぐ数と量の編曲をギターのために残していて、近代ギターの父と言われる彼の音楽は、もしかしたらこういった多くの編曲作業の中から産まれて来たのではないだろうか、と思わせるほどの内容なのです。バロックの音楽から古典の巨匠達、そしてタレガと同時代のロマン派や20世紀初頭のスペインのピアニスト達の作品さえ含まれています。そのなかでショパンの作品は、前奏曲、ワルツ、マズルカなど、10曲以上を編曲していますが、今回の演奏会のためにそれらの練習を始めて見ると、「「おいおい、ちょっと待てよ・・・!」ということが頻出。ピアノの原譜を引っ張り出して比較検討をしてみると、そのほとんどの編曲で、私には納得も合意も出来ないアイデアや音の変更/加筆が行われている事を発見しました。それがどういった事なのか、またどういう意味を持つのかというお話は、別の機会に譲るとして、結局私は今回の演奏会のために、ショパンの5曲のピアノ曲を自分で編曲すると言う作業に入らざるを得なくなったわけです。それは、非常に楽しく、自分自身が昔から慣れ親しんで来たショパンの音楽が、タレガの流儀ではなく、私のやり方でギターの上にその姿を現してくる、というのは「興奮する瞬間」と言っても過言ではありませんでした。
(藤井眞吾/2012年8月24日) |