ギターという楽器の歴史を紐解こうと思うと、一体いつの頃から存在したのか特定できないほど、太古の時代から人間の生活に深く関わってきたアイテムであることが分かります。楽器の形や構造は時代や土地に寄り添うように変化してきましたが、それと同時にギターの名手達、作曲家達も様々でした。自分がこの世に命をいただいて、そしてそこにギターという存在があるということに(もしかしたらそれは単なる偶然かもしれないけれど)、深く感謝したくなる、そんな瞬間があります。「天使の協奏曲」はそんな気持ちを一杯に込めて作曲した、ギター合奏と独奏ギターの為の協奏曲です。
第1楽章は「カタロニアの天使」(・・・と私は呼びたいのですが)フェルナンド・ソル
Fernando Sor に捧げています。古典的な協奏曲の通例にならい、ソナタ形式をとりましたが、ホ短調の序奏部に続き提示部では独奏ギターによる第1主題(オリジナル
- 譜例1)と、それの「影武者」の様な存在としてもうひとつの第1主題(Op.35-22「月光」 - 譜例2)、を使いました。提示部は規模の大きなものとなりました。第2主題ではソルの作品中私が最も好きな
Op.44-3 Andantino を殆ど原曲のまま(ハ長調からト長調に移調して - 譜例3)使いました。展開部では二つの主題を工作しながら、独奏ギターのカデンツァに入ります。ト短調に転調して、合奏部と融合しますが、転調を繰り返しながら再びホ短調へ回帰し、再現部へとつながります。第1主題はそのまま、また「影武者」主題は合奏部との掛け合いを変化させます。短かな経過句を経て、第2主題の再現は主調(=ホ短調)で、荘重に、重々しく行なわれます。ここではソルの晩年の名作「幻想曲《悲歌》Op.59」に関連した楽想を作り出しました。
ギターを通じて最高の音楽の質を示したカタロニアの天使は、その人生において必ずしも華やかさや幸福に充ち満ちていたわけではないと思わせます。この曲の末尾はまさにソルに対する「エレジー
Elegy」でもあります。演奏時間約10分。
第2楽章では「バレンシアの天使」、そして「アルハンブラの想い出」の作者、まさにギター人生を賭したフランシスコ・タレガ
Francisco Tarrega に捧げています。第1楽章ではソナタ形式というスタイル、そして基本的には調性を守りながら音楽がソルを想起させるように作りましたが、ここではタレガを思わせるものは、おそらくないでしょう。むしろ音楽のスタイルは、タレガと同様にその作曲手法が極めて簡潔でありながら、ギターから極めて個性的な響きを引き出すことに成功した日本の作曲家・武満徹氏へ傾いたものとなっています。ただタレガとの関連は、タレガが愛していた「マズルカ」のリズムを主要なモチーフとしたこと(
- 譜例4)、アルハンブラの想い出の旋律断片を用いたこと( - 譜例5)、そしてもうひとつのモチーフとして「Francisco
Tarrega」の名前から旋律を抽出したと言う点にあります。つまり「Francisco」のなかから抜き出した「cis」は「ド#」を意味し、「Tarrega」から抜き出した「re」は「レ」を、「g」は「ソ」を、そして最後に「a」は「ラ」を意味するからです(
- 譜例6)。独奏ギターと合奏部は常に応答を繰り返し、曲尾で語らいはひとつとなります。演奏時間約5分。
第3楽章は今も健在で活躍されるキューバの巨匠、レオ・ブローウェル Leo Brouwer
氏に捧げました。「黒いデカメロン」の最終楽章「恋する乙女のバラード」と同様にロンド形式を採用しました。主題部には、ブローウェル自信が好んで使ってきた「ブルガリア民謡」のメロディー(簡素な練習曲
No.8、三つの素描 第3楽章、HIKAなどに - 譜例7)を使いました。また主題部の基調となるリズムパターンは、曲の冒頭から各パート(5パート)の首席奏者の独奏によって提示され形作られます。緊張の走るセクションです。ここでは明確なミニマルの手法を用いました。
主題部に挟まれた発展部では、最初に「舞踏礼賛」のモチーフを、次には「谺の谷からの恋人達の遁走」のアルペジオ音形を引用しました。最後の主題部に戻る前に再び独奏ギターによる長いカデンツァを置きました。じっくりと聞かせる「ブルガリア民謡」の旋律はバルトークのピアノ曲のように響きます。アルペジオに発展して長いフェルマータの後、独奏者によってリードされたピチカートは再び首席奏者達とアンサンブルをなし合奏部と一体となります。結尾、独奏による華やかなコーダがあります。演奏時間約10分。
今回、京都公演では一般参加者による50名を越える合奏団が結成され、すでに練習がスタートしています。福岡公演では中野義久氏率いるカスティーリャ・ギター・サンサンブルを母体とし、フォレストヒル・ミュージックアカデミーの錚々たる講師陣、若手の面々などが参加してくれると聞いています。またゲスト奏者のW.カネンガイザー氏からはこの曲のスコアを受け取って「まさにギターに相応しい音楽で、すぐにでも演奏できそうな気がする」とコメントをいただいています。作曲者としては興奮を抑えることが難しいほどの心境です。ギターの、ギターによる、ギターの為の協奏曲、7月20日に京都アルティーホール、7月22日に福岡あいれふホールで演奏いたします。どうか皆様にも、私達の興奮と感動を一緒に感じていただきたいと思っています。
●演奏会情報
京都公演■ 2006年7月20日(木)6時30分 開演
会 場●京都府民ホール
ALTI
出 演●藤井眞吾、中野義久、松田晃明、佐々木滋隆、田中靖二、岩崎慎一、松岡
滋
ゲスト●W.カネンガイザー
曲 目● 第1部 ギター六重奏による「ブランデンブルグ協奏曲
第6番(J.S.バッハ)」ギター五重奏「泥棒かささぎ序曲(ロッシーニ/藤井眞吾
編曲)ギター二重奏「紺碧の舞曲(藤井眞吾)」 ●第2部(カネンガイザー氏による独奏 )1.悲歌的幻想曲(F.ソル)2.友人達のスケッチ(B.ヘッド)より
- Lobster Tale - November Song - Brookland Boogie 3.コユンババ(C.ドメニコーニ) ●第3部 ギター合奏と独奏ギターのための「天使の協奏曲」(ソリスト=W.カネンガイザー、作曲・指揮=藤井眞吾)
企 画●藤井眞吾
主 催●マンサーナTel.075-972-2834
共 催● (株)現代ギター社
入場料●前売¥4000 当日¥4500(全席自由)
*福岡公演情報
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