ギターのレパートリーは様々な国、そして永い時を遡って公汎にわたります。なかでも19世紀ヨーロッパの古典派とロマン派の作品群は膨大なものです。今回はロマン派を代表する二人の作曲家、ハンガリー生まれの
ヨハン・カスパール・メルツ Johann Kaspar Mertz と、フランスはパリで活躍したナポレオン・コスト
Napoleon Coste の作品をお聞きください。メルツの《序奏と華麗なロンド Op.11》はゆったりとして甘美な序奏に始まりチャルダッシュ舞曲を思わせるロンドが続きます。ウィーンを中心に活躍した名手メルツの、華やかで技巧的な作品です。同じ頃パリで活躍したコストはスペインからやってきたギターの名手、フェルナンド・ソル
Fernanndo Sor の薫陶を受け、その才能を発揮しますが、事故のためその演奏活動は若くして頓挫し、晩年はもっぱら教育と作曲活動に専念します。《アンダンテ
Op.39》はまるで「恋の歌」とでも形容したくなるような甘く切ない旋律で始まります。激情の中間部、そしてため息のように曲は終わります。
二十世紀がギターにとって極めて重要な時であったことは言うまでもありません。それはギターの音楽がスペインやヨーロッパのみにとどまらず、南北アメリカ大陸、そして日本を始めとしたアジア各国で広く親しまれ、数多くの新しい作品を産み出していったからです。日本を代表する作曲家、武満
徹は殊更ギターを愛していました。《フォリオス》《全ては薄明かりの中で》《森の中で》などの独奏曲のほかに、ギター協奏曲など重要な作品を残しましたが、なかでも荘村清志氏の為に編曲した《ギターの為の12の歌》はギターのレパートリーに新しい息吹を吹き込んだ斬新なものでした。映画の為の音楽、ポップス、民謡などを既存の概念に捕われることなく、そして器楽的であるよりは、歌としての味わいを独創的な編曲によって表現したのがこの曲集です。
ギターなどの器楽作品においても「民謡」との関わりは深いものです。特にアイルランドやスコットランド民謡の多くは、古くから私たち日本人にも親しまれています。《ニール・ゴウの悲しみ》の原題は正しくは「ニール・ゴウの二番目の奥さんの死に寄せる悲しみ」と言うのですが、スコットランド出身で私の師でもある名手デイビッド・ラッセル
David Russell 氏の名編曲でお聞きください。
ギターの為の組曲《コユンババ》の作曲者カルロ・ドメニコーニ Carlo Domeniconi はイタリア系ドイツ人、音楽をトルコのイスタンブール音楽院で学んでいます。まるで日本の津軽三味線のような響きを持つ「トルコ・ギター」と、トルコの民族音楽を模したこの作品は、美しい湖畔にある小さな村の名前に由来しています。「コユン
Koyun」は「羊飼い」を、そして「ババ Baba」は「神」を意味すると同時に、羊飼い達の村、そして美しい自然を創りたもうた神への讃歌であると作曲者は語っています。変則調弦を用いて、ギターならではの奏法を駆使しています。
スペインが長い間ギター音楽の先進国であったことは否めません。ホアキン・トゥリーナ Joaquin Turina はギターの為にいくつかの曲を残していますが、なかでもこの《セビリア幻想曲
Fantasia Sevillana》はもっともスペイン的な代表作です。和音の掻き鳴らし、ソレア舞曲、フラメンコの「コプラ(唄)」を思わせる官能的な旋律、あらゆる場面にスペインの香りが立ちこめています。
メキシコを代表する作曲家、マヌエル・マリア・ポンセ Manuel Maria Ponce は20世紀のギター音楽を語るうえで最も重要な一人です。ギターの為に数々の名作を残しましたが、本日は世界中でヒットした歌曲《エストレリータ》のギター編曲をお聞き下さい。「私の切ない恋心を彼女は知っているのだろうか、エストレリータ(小さな星)よ、お前なら知っているだろう・・・」と歌われます。編曲は私のもう一人の師、スペインの名手、故・ホセルイス・ゴンザレスです。
現代のギタリスト達に最も強い影響を与えた音楽家は誰かと問われれば、それは間違いなくキューバのギタリストで作曲家のレオ・ブローウェル
Leo Brouwer だと私は答えるでしょう。伝統的なスペインのギター音楽ではなく、南米特有のスタイル、時にはアフロ・キューバンの音楽と、現代音楽の要素を融合し、確立した独自のスタイルは世界中のギタリスト達に衝撃を与えました。私は2000年に彼の作品を集めた「黒いデカメロン」というCDアルバムをリリースしましたが、最後にそのアルバムからの曲を含むブローウェルの代表的作品四曲をお聞きください。《11月のある日》はドキュメンタリー映画の為に書かれた室内楽作品のギター独奏版で、近年多くの人に親しまれています。《舞踏礼賛》は1960年代の最大のヒット作品、ストラヴィンスキーのスタイルを借りてギターの中から最大のエネルギーを引き出します。《キューバの子守唄》は民謡からの編曲、ゆりかごを連想させるピチカートから始まり、優しいメロディーが聞こえてきます。「簡素な練習曲集
Estudios Sencillos」は彼の傑作のひとつですが、その中からは「和音の練習」と「スラーの練習」にあてられた《練習曲
第19番 & 第20番》をお聴き下さい。