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ESSAY

藤井眞吾のエッセイ《りんごのおと》

ESSAY
りんごのおと

 
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23.弘法筆を選ばず

 

 格言、諺の類にはその所以や由来が良くわからないもの、また人口に膾炙した意味合いが真意と正反対であったりすることがしばしばあります。「弘法筆を選ばず」というのは、書の達人空海(弘法大師)はその伎倆ゆえにより良い筆を選ぶ必要など無かった、という意味に覚えておりました。英語でも「A bad carpenter quarrels with his tools.」という言い方があって、「下手糞な大工はテメエの道具に文句を垂れやがる!」という意味ですから、一般にはやはり「弘法大師も筆には文句を言わなかったよ」と解釈すればよいようなのです。
 ところが一説には、「達人というのは道具の選択においてもずば抜けた目利きであるから、迷ったりはしない」という意味だとしたり、「名人は勿論最高の道具を持ってるんだから、道具選びなんかしないのだ」と、いささかへそ曲がりな解釈もあるようです。いずれが本当かはともかく、名人は道具に関しても精通しており、また道具の扱いや使い方に精通した達人は、多少ヘボな道具を与えられても、人並み以上の仕事を成し遂げてしまうというのが、本当のところのようです。
 ギター弾きに「良い音をだせ」というなら、そりゃあ「良いギター」が必要でしょう。しかし「良い音の出し方」を知らないやつに高価なギターはまさに「豚に真珠」、逆にもとから才能のある演奏家が良い楽器と巡り合えたなら、それこそ「鬼に金棒」。ところで、・・・鬼は金棒を選ぶのでしょうか?

藤井眞吾

「りんごのおと No.23」2004年9月15日発行