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ESSAY

藤井眞吾のエッセイ《りんごのおと》

ESSAY
りんごのおと

 
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17.鶴の恩返し

 「よひょう」という若者が怪我した鶴を救うと、ある日「つう」という女性がやってきて、やがて娶ることになる・・・。生活の蓄えが無くなると「つう」は部屋にこもって「はた」を織る・・・。という一連の話は「鶴の恩返し」として有名な話だが、「つう」の正体は「よひょう」が助けた鶴であり、機織りの材料となったのは鶴の羽毛であるというくだりに至って、機織機の前に座った鶴が自らの体から嘴で羽毛を抜く様を想像すると、何か不気味な気分がしたものだ。
 私が作曲するときには、どこか「つう」になったような気分になる。音を並べる技術のようなものは持っていても、新しい音楽を生み出すには自らの身体からまるで羽毛を引き抜くように、全身全霊を注ぎ込まなければいけないこともある。私ににとっての「よひょう」は誰なのか・・・、良く分からない。時には作曲依頼者であり、また時にはその作品を初めて演奏する人達であり、時には自分自身であったりする。いや、誰であってもいい。生まれた作品は誰よりも私を喜ばせてくれる。
 そういえば、このエッセイの連載も似たような感じがする。琵琶湖の演奏会が近づくまで何を書こうかなんて、考えたこともない。机に向かってしばらくすると、勝手に書き進んでいる、と言ったら格好良すぎるだろうか? ただし「つう」程に苦しむ場合も少なくはない。どんなに苦しくても、物語のように「よひょう」を悲しませたくはない。「よひょう」も約束を破ってはいけない。

藤井眞吾

「りんごのおと No.17」2003年10月13日発行