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ESSAY

藤井眞吾のエッセイ《りんごのおと》

ESSAY
りんごのおと

 
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16.銀幕のスター

 映画というものは映画館で見る物だと決め込んでいる私は、映画館に足を運ぶことのできる時間そのものが減るにつれて、鑑賞する映画の本数もめっきり減ってしまいました。大学生の頃は年間100本以上を見ていたのですが、当時は安い料金での二番館、三番館があってちょっと前のいい映画を三本立てなどで見ることが出来たからです。封切り映画は高嶺の花でした。
 映画の何が好きだったかというと、目と耳とそして心を満たしてくれること。すなわち映像の面白さと、音楽やせりふの美しさ、そして巧みに編み込まれたストーリーの「あや」が、貧相な学生の休日を濃厚な時間の流れで満たしてくれること。O.ヘプバーンの吐息に耳朶を赤らめ、ソファイアローレンの眩いばかりの姿態に圧倒され、チャップリンの笑顔に涙した。またA.ヒッチコックの緻密さ、F.ゼフェレリ監督の生き生きとしたストーリー展開、新しい時代を感じさせたD.ホフマンの演技、忘れ難いものばかり。いつの日かP.ニューマンやS.マックィーン、そしてR.レッドフォードの様な格好いい「大人の男」になりたいと思ったものでした。
 私の親友で、博多の松下隆二さんというギタリストが「ワン・タッチ・オヴ・ヴィーナス」という1943年のミュージカルからとったK.ヴァイルの音楽「I'm stranger here myself」をタイトルに映画音楽ばかりのCDをごく最近リリースされました。彼のクラシック音楽の演奏しか聴いたことのなかった私にとってはまさに驚嘆の出来。9つの映画音楽を収めたこのアルバムは、さながら一本の映画作品のように私の心を捉え、放さず、満たしてくれるのでした。きっと彼が私に勝るとも劣らない映画好きで、そして数々の銀幕のスターに憧れていたのではないかと、そんなことを思わせる作品。もう学生を卒業して四半世紀の経った私の心を満たしてくれるのは、当世流行の銀幕スターではなく、数限りないこういった音楽や演奏、そして掛け替えのない友人達なのだと気づいたのでした。

藤井眞吾
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「りんごのおと No.16」2003年10月3日発行