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ESSAY

藤井眞吾のエッセイ《りんごのおと》

ESSAY
りんごのおと

 
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10.禁じられた遊び

  「禁じられた遊び」というギター曲があります。フランスの名匠ルネ・クレマン監督による1952年の同名の映画「禁じられた遊び(Jeux interdits)」のテーマ音楽として世界中で知られるようになりました。全編を通じて流れる音楽は、当時まだ若干27歳だったスペインのギタリスト、ナルシソ・イエペスの演奏するギターだけという計らいが功を奏し、映画共々その名前は知られるようになりました。1940年6月のナチスドイツによるパリ襲撃、情け容赦の無い機銃掃射から逃げ惑うパリ市民、映画はそう言った戦争の残虐な側面を即物的に描写して始まります。場面は一転して牧歌的なスペイン北部の片田舎、孤児となった少女ポーレット(B.フォセー)とスペイン人少年ミッシェル(G.プージュリー)の物語は、今更申し上げるまでもないでしょう。
 「愛のロマンス」などと呼ばれる場合もありますが、スペイン本国では「Romance Anonimo」すなわち「読み人知らずのロマンス」と呼称される場合が多いようです。日本の曲集ではこれが「スペイン民謡」であると断じているものもありますが、スペインにはこのような旋律の民謡はありません。実はスペインのギタリスト達もこの曲は一体、いつ、誰が作った音楽なのか知らないのです。まさに「Anonimo(英語=anonymous)」なのです。しかしこの音楽は1941年に封切られたハリウッド映画「血と砂(主演=タイロンパワー)」でもやはりスペイン人ギタリスト、V.ゴメスによって演奏されていますし、更に時を遡ると1900年に出版されたA.ルビラというギタリストの曲集の中に「ホ短調の練習曲」として、一卵性双生児のような曲があります。いえ、似ているなどというレベルではなく、全く同じ曲と断定すべき作品が存在しているのです。にもかかわらず「これはウクライナ民謡である」とか、「ロシアの作曲家、M.グリンカの創作だ」、揚げ句の果てには19世紀のギタリスト・作曲家F.ソルが真の作者だなどと、さながら我が国での「義経=成吉思汗」説の様相を呈しています。最も失望したのは、当事者であるイエペス氏が「これは私の作った音楽だ」と生前語ったことでした。もしこの主張が認められるなら、同時に彼の「著作権」が法的に認定され、世界中から巨額の「著作物使用料」が強制的に徴収されたことでしょう。
 映画の中では音楽の全てがイエペスに任されたと言われています。監督ルネ・クレマンにとっては大きな賭けであったかもしれません。とかくこの曲「愛のロマンス」だけが取り沙汰されますが、実は映画の中では、フランス・バロック時代の作曲家ロベール・ド・ヴィゼーのギター曲や、J.Ph.ラモーの作品などが演奏されていて、音楽の上でも見事なバランスをとっているのです。そう言った意味であの映画の音楽はまさにN.イエペスが構築したものではありましたが、その音楽教養の確かさ、そしてセンス、さらには演奏技巧の卓越性といった次元を飛び越えて、イエペスの名は「禁じられた遊び」の旋律とともに「超」有名になりました。
 二人の子役の演技と、ギターの奏でる純朴なメロディーが、大人たちの戦争を痛烈に批判していた映画「禁じられた遊び」は、後世になっても話題に事欠きません。最近私はこの曲を演奏会で弾いたことがありました。心の底から懐かしみ、感動を新たにして下さる年配の方々とは対照的に、若い世代の多くは「初めて聞く名曲」に耳をそばだてているのです。私はこれからも幾度となくこの曲を弾いていくことでしょう。

藤井眞吾

「りんごのおと No.10」2003年1月30日発行