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ESSAY

藤井眞吾のエッセイ《りんごのおと》

ESSAY
りんごのおと

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7.サッカーW杯

1982

 丁度20年前、僕はスペインに居た。地中海に面したアリカンテという、どこか呑気な町だった。そこの音楽学校のギター科で勉強していたのだけれど、クラスの大半は外国人で毎日が国際会議みたい。そしてどこかが呑気だった。その年の夏、南の町マラガで国際古楽講習会と言うのがあって、参加してみたら、スペイン人が参加者のほとんどで、講師はイギリス、オランダ等からも来ていて、まるで国際親善会議のような優雅で呑気な雰囲気。ところが、ある日から何だか雰囲気が変わってきて、・・・そうまるで「開戦前夜」のような、誰もが忙しそうに立ち居振る舞い、そこかしこに慌ただしさが漂い始めていた。折しもその頃「フォークランド戦争」の渦中にあったイギリスとアルゼンチンの、サッカー二大国が直接対決をすることになってしまったからである。イギリス人の先生達は「さあ今日のレッスンはこの辺でおしまい・・・」と楽器を片付け、See you!  などと手を振ってホテルへ帰り、スペイン人の友達や、いつも通ったバール(Bar)の親爺は口を揃えて「お前はどっちの味方だ? ははん、日本人はやっぱりイギリスの応援かね?」と詰め寄ってくる。〈困ったものだ、どっちでもいいんだけど〉と思いながら、その夜マラガの海岸を一人散歩していると、大勢の人間の歓声と嬌声が波打ち際まで押し寄せ、今まであったのどかな雰囲気はどこかへ姿を消してしまっていた。
 明くる日、イギリス人の先生は Good morning, everybody. と飽きれるほどしゃがれた声でレッスンを始め、スペイン人達はまるで何事もなかったかのように、いつものようにはしゃいで、またどこか呑気な雰囲気に戻っていた。
 あれから20年。今まさに日本で同じ興奮が始まろうとしている。何もかもが違うはずなのに、僕もこんなに違っているのに・・・、この押し寄せる興奮は不思議なほど変わらない。

藤井眞吾  

「りんごのおと No.7」2002年6月7日発行