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ESSAY

藤井眞吾のエッセイ《12のエッセイ》

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12のエッセイ

 
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12のエッセイ ・・・
《ギター音楽200年》

 ギターと言う楽器は相当古い時代からあった事は間違いがありません。相当とは、それこそ何千年と言うことです。しかし今のような形になったのはまだ100年ちょっと、一般的には19世紀の終わり頃。その前の時代、16世紀や17世紀、18世紀はどうだったかと言うと、これはルネッサンスやバロックの時代にあたるのですが、ギターは今よりはるかに小振りなボディーで、弦はダブル、つまりリュートやヴィエラのようにひとつの音に二つの弦を持っていました。この頃ギターはいつも「5コース」で、ですから10本の弦、しかし音域は狭く、ド・ヴィゼーやサンスの素晴らしい独奏曲もありますが、どちらかというと室内楽で活躍していました。それが19世紀、すなわち1800年になる頃、突然「複弦から単弦へ」そして「5コースから6コース」という大変身を遂げます。フェルナンド・ソルが学んだモンセラート修道院には、バシリオ神父というイタリア人の先生がいて、この人がソルに音楽やギターを教えたようです。しかしこの時弾いていたギターは「6コース複弦」で、ソルは子供の頃はヴィエラのようなギターを弾いていたわけです。これはソルのテクニックにも大きな影響を及ぼしましたし、またこの修道院でソルが学んだ厳格な宗教音楽は、後々までソルの音楽の基本となります。そのことは1831年に書き残したギター教本や練習曲集を見ても解ります。
Bucher 同じ頃イタリアでは「複弦から単弦」への変化がスペインよりも急速に進んでいました。19世紀初頭のウィーン音楽会に颯爽と登場したイタリアの色男、マウロ・ジュリアーニは間違いなく「6コース単弦」のギターを弾いていました。つまり今のギターと基本的に同じです。このことは同様に、ジュリアーニおよびイタリア楽派のギタリスト達(M.カルカッシ、F.カルッリ、L.レニヤーニ)は18世紀の撥弦楽器の演奏テクニックに決別し、新しい演奏法を持って、新しいギター音楽を開拓していった、と私は思うのです。だからと言って、彼らの全てが現代と一緒だったかと言うとそれはまた違います。
 19世紀は楽器の変化という点でも興味深い時代なのですが、このように沢山のギタリスト、作曲家が一斉にヨーロッパに出現したというのはまさに驚きです。そしてその音楽が如何に一般に受け入れられていたかは、ギターの作品がどれほど沢山出版されていたかを見ても解る筈です。むしろ20世紀以上にギターは盛んであったと言っても言い過ぎではありません。時々「ギターはマイナーな楽器だからね~」なんて言う人がいますが、ギターを知らない人なら「事実を知らないお馬鹿さん」ですまされます、しかし自らギターを弾いていながらそんなことを言うのは阿保駄羅教の極みです。
 私はギターという楽器も、その音も好きですが、ギターの持っている歴史には大きな誇りを持っています。ただ現在の若者達にはそれを学ぶ機関やチャンスがないばかりか、そう言うことに関心を持ってギターを弾く人が少ないので、それは残念なことです。

藤井眞吾(2011年5月10日)