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ESSAY

藤井眞吾のエッセイ《FORESTHILL NEWS》

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藤井眞吾 エッセイ vol.13
《弟子》

 私は「弟子」という言葉が嫌いです。若いときに「なんとか一門」というようなギターのグループやら集まりの閉鎖性に辟易していたからです。「弟子」という言葉は「師匠」という言葉と対になって、それを象徴するように思えて、ですから「師匠」と言う言葉も嫌いでした。私の先生である岡本一郎氏は特に音楽においては、そう言う偏狭さを忌み嫌い、教えを受ける若者たちにもそんな因習は微塵も与えませんでした。その気持ちは今も変わりません。
 「弟子」や「師匠」という言葉ばかりか、おそらくそういう概念も、なにも日本の伝統芸能や社会だけに存在するのではなく、ヨーロッパやアメリカの世界にも厳然と存在し、同様に組織や社会を構成する重要な絆となっています。それは経済的利益を生み出すための縦のつながりを明確にするために止むを得ないことで、私は決してそれを否定しようとは思っていません。ただ、音楽を学ぶ若者たちにはそういうことを過度に意識させたくないですし、私もそういう目で教え子達をみたくはないと思っています。
 二十代の時、何度か国内でコンクールを受けたことがありますが、結果が芳しくなかったある時、岡本先生が「う~ん、それは僕の責任やね。」とおっしゃったことがあります。今になって思うとなんと重たい言葉かと思います。先生のレッスンはまさに全身全霊を傾けてのものでした。それでも足りなかったんだ、反省するよ、と先生が自ら告白するというのは、いや決してそうではない、私の努力が足りなかったのだと中途半端な反省を押し潰してしまうほどの迫力がありました。今の私に、はたしてそのような言葉が言えるだろうかと考えると、身が凍りつく思いです。
 教え子達は千差万別です。教えることは簡単には行きません。気の遠くなるような回り道をしていることが解っていても、それをジッと見つめ待ち続ける根気が必要です。全く反対の方向に凄まじい勢いで逆行してくることもありますが、それに敢然と立ち向かう勇気と力も必要です。
 無数の経験や努力の果てに、やっと自分が幾許かの音楽を作り出せるようになったと感じた時、はじめて先生の導きが何であったのかがわかります。それは教えるということが、教える者自身が学ぶことの延長上にあるからなのです。知識の受け渡しや、技術の伝授だけではなく、発見したり創造していくエネルギーをいかにして身に付けるか、そしてそのように生きていけるか、ということですから、「弟子」と呼んでいる人達はもしかしたら教える者にとっては「師匠」なのかもしれないと、今になってわかってきました。

 

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