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ESSAY

藤井眞吾のエッセイ《FORESTHILL NEWS》

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藤井眞吾 エッセイ vol.12
《師匠》

 こんなことがありました。
 1985年、もう一度ホセルイス・ゴンザレス先生にギターを学ぼうと、女房と一緒に再びスペインに渡った時、丁度7月で、先生は毎年エステージャという北の町で2週間の講習会を開くので、そこに参加してアルコイの町へ行こうと決めたのでした。牛追祭りで有名なパンプローナのすぐ近くにあるエステージャはスペイン語で「星」という意味。おそらく中世の時代には巡礼者達が立ち寄ったでしょう、静かで伝統の香り溢れる町でした。
 朝から夜までのレッスン、そして昼ご飯も、晩御飯も先生と近くのレストランで一緒、本当に楽しい時でしたが、そんな平和な日々に一度だけとんでもないことが起こりました。スペインの夕食は遅く、9時、10時。当然それが終れば仲間と一杯やりに近くの Bar へ行くわけです。先生と先生の奥さんを先頭に若いスペイン人と日本人がぞろぞろと行くわけですから、ちょっと異様な光景であったかもしれません。夜の酒場はどこでも一種独特の雰囲気、折悪しくその日は近くの港にやって来た船乗り達、屈強の男達がたむろしていました。紫煙渦巻く中、小柄なスペイン人の親爺が「マエストロ、先生!」と外国人や若い女の子に言われているものだから、それが気に入らなかったのか酔っぱらた船乗りの一人が「チビで禿げの、お前のどこが先生なんだ! そんなにエライなら俺と勝負してみろ!」と喧嘩を売ってきたのです。
 当時ホセルイス先生は「還暦」、喧嘩を売ってきた酔っ払いの船乗りはどう見ても30代で大男。漫画の「ポパイ」に出てくる「ブルート」を想像していただければ、よろしいかと・・・。どう見ても我が師匠に勝ち目はない・・・。周囲は殺気立ち、生徒達はオロオロ、泣きだしそうな女の子も。そばにいた奥様「やめろ、やめろ」となだめても、売られた喧嘩は買わぬわけには行かない、とばかりにとうとう テーブルを挟んで、船乗り「ブルート」と「チビ・禿げ・ギタリスト」の世紀の「腕相撲勝負」が始まったのです。店内は静まり返り、煙草の煙がゆらゆらと揺れて、小さな灯が意地悪く先生の頭の汗を輝かせます。世界中が息を凝らしたと感じた10秒間、なんと我らがマエストロ、ギターの名手、ホセルイス・ゴンザレスが大男に勝ったのです。拍手と歓声が巻き起こりますが、おさまらないのはブルート。今度は「左手で勝負!」と挑んできます。ところが、実は我が師匠、本来は「左利き」。なんと再挑戦は「秒殺」で圧勝。大男はさながら萎えたホウレン草の様、セニョーラ(奥様)は「あなた、惚れなおしたわよ~」と言わんばかりの姿態で、マエストロの腕にしがみつき、我ら弟子達は「さすが、われらが師匠!」と分けのわからない興奮に包まれながら、再び先生と奥様を先頭に、肩で風を切りながら店をあとにし、エステージャの夜の街を闊歩したのでした。
 翌日、先生はパンプローナにあるサラサーテ音楽院でリサイタル。しかし前夜の奮闘がたたって、演奏はぼろぼろ! 腕の筋肉がパンパンでギターを弾くどころではありません。でも、生徒達はまだ前夜の興奮が醒めず、盛大な拍手を送っていたのでした。

 

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