2005年7月26日

藤井眞吾様

藤井眞吾様 今回は、Ligitaのマスタークラスの模様について書いて見ます。以前のメールでもお話しましたが、このフェスティバル、講師陣が豪華で、メインとなるのはパヴェル・シュタイドル、福田進一、デイル・カヴァナー、ディヴィッド・ラッセル、アルヴァロ・ピエッリの5名ですが、その他にアンドレ・ミオリン、カルロ・ドメニコーニ、グルーバー・マクラー・デュオ、ユリー・クロールマン、ソニャ・プルンバウワー等が加わります。これらの人も前の5名ほどではないにしても、CDをリリースして個別に演奏活動をしている人たちです(ドメニコーニは作曲家として有名ですよね)。ただ、全てについてレポートしていると、膨大になってしまいますので、やはりメインの5名について集中的に書いてみます。

各講師の受講時間は30分です。これはレッスンとしてはちょっと短すぎるような気がしました。これでは小品で受講しても最後までギリギリ見てもらえるかどうかの時間です。案の定、先生が興に乗ると時間オーバーするケースが続出でした。にもかかわらず、長い曲で受講している生徒もいて(中には「悪魔の奇想曲」で受講している者も)、受ける側ももう少し配慮したほうが良いのではと思いました。

フェスティバル前半では、まだ到着していない先生も多くて、初日は(メインでは)福田さんとアルバロ・ピエッリのみです。前日、宿舎で知り合ったMeng-Feng君とNikolas君が福田さんのレッスンを受けるということで、まずはこれを聴講することにしました。福田さんの教え方には定評がありますし、藤井さんもご存知でしょうから、ここではあまり多くを述べません。英語になったところで、あの福田マジックとも言うべきレッスンに変わりはありませんでした(本人は「英語だと日本語と勝手が違う」とぼやいていましたが)。

福田さんのレッスンの中で一つ考えさせられるものがありました。それは、スペインから来た女の子がレヒーノ・サインス・デ・ラ・マーサの曲でレッスンを受けたときです。これが、彼女全く弾けていない。それ以前に、身体がこわばっていて、左手首は反り返っているし、右手も力が入りすぎて音が汚いし、なんというか見ていて痛々しい感じです。とにかく基本的な身体の使い方がなっていないことは、素人目の僕にもわかります。おまけに緊張からか、ちょっとでも間違えると声をあげてパニックに陥ってしまうのです。一通り演奏後、福田さんが何年ギターを弾いているか訊ねると、なんと12年。先生を聞いてみると、厳しいレッスンで有名なスペインの大御所○○(実はホルヘ・アリサです。ホームページに載せる時は伏字でお願いします。)でした。

福田さんも、これはちょっとマズいと思ったのか、曲の事は脇において基本的な身体の使い方についてのレッスンとなりました。その中で福田さんが「カルレバーロの教本を読んだことがありますか?」と訊ねると、「私の先生はカルレバーロは使いません」と多少ムキな調子で答えていました。これには、ちょっと考えさせられました。いえ、カルレバーロを読めと言うの事ではないのです。彼女は12年も正しい身体の使い方を教えられぬまま練習してきたせいで、すっかり悪癖が身についてしまいました。しかも、高名な先生についていながら。また、間違えるとパニックに陥るのは、ひょっとすると怒鳴られながらレッスンを受けてきたせいかもしれません。根性主義とも言えそうなレッスン環境で、すっかり萎縮してしまった彼女の演奏を聴いていると悲しくなってしまいました(彼女本人はとても気のいい子なのです)。同時に、初期の段階で良い師につくということが如何に大切かと言うことも痛感しました。

ただ、このレッスンから合理的な身体の使い方と言う(特に独学の場合見落としがちな)基本的且つ大切な話を聞けたのは収穫でした。彼女のレッスンは、どういう訳かこの先、他の先生の時にも出くわすことが多く、その度に基本の話に立ち戻るので、各々のギタリストがどのようにこれを考えているかを比較できて面白かったです。

続いて、アルバロ・ピエッリのレッスンです。彼のレッスンは今回のフェスティバルの講師陣の中で、僕にとって最も印象に残るものでした。全体の印象は、とにかく徹底して考え抜き、曖昧さを極端に絞り込んで行くと言うことです。レッスンはまず生徒に弾かせると必ず"What do you think(どう思う?)”と聞いて、生徒が何か答えるまでじっと待っています。すなわち「どういう風に曲を弾きたいか?」という演奏者の主張をまず具体化させようとします。ところが、これに答えられない生徒が意外と多い。曲は一応形になっているけれど、漫然と弾いているからなのでしょう。まず、これを改めて具体的なイメージを言葉で表せるようにするにすることから始まります。そして、大きな構造(Macro element)から微細構造(Micro element)まで一つ一つ検証して行くのです。次にそれをしっかりと整理(organize)する。

この辺についてはディヴィッド・ラッセルからも同様の印象を受けましたが、ディヴィッドがその持っている知識を惜しみなく与えようとするのに対して、アルバロの場合、生徒自身が気づくように仕向けるといった感じでしょうか。ピエッリのクラスを受ける人は、彼の質問に常に受け答えできるように準備しておかなくてはなりません。ですから、普段から自分の演奏に明確な考えを持っている人のレッスンはどんどん進んで行きますが、そうでない場合、上級者でも沈黙の多いレッスンになってしまいます。普段先生がすべて指示してくれて、受身のレッスンに慣れている人には難しいかもしれません。しかし、逆にいえば、演奏家として独り立ちしようとする人には、この様なレッスンは非常に有用でしょう。

僕もブローウェルのエチュード17番で彼のレッスンを受けました。自分では結構弾き込んでいったつもりでしたが、装飾音をクレッシェンド、デクレッシェンドのどちらで弾きたいか、そのアーティキュレーションをどうするか?リズムは?等々質問にあって見事に玉砕。あとで、ちゃんと答えを教えてくれるのですが、この様にされると、教えられたことが印象に残ります。まあ、僕の場合、内容以前にピエッリのレッスンが受けられたというだけで感激していたのですが・・・(ミーハーなんです)。

とはいっても、怖い感じでは全く無く、独特のユーモアを交え、時にはカルレバーロの人柄、ピアソラと競演した時の話など興味深い雑談を交えながら、全体のレッスンが進行していました。

また、音色の変化に関しても非常に敏感で、タッチの時、爪のどこで弦にコンタクト(一点か?二点か?)し、弾弦の際にどう爪が滑って行くかによってどう音が変化するかを理論的に説明した上で、弾いて見せてくれました。同じポジションで弾いていても具体的に音が変化して行くのがわかります。これについては、彼はこんな言葉を残していました。

"Coloer is part of volume. Volume can be controlled by colors"

そして、この言葉を数日後のコンサートで実際の演奏で示してくれたのです。彼はこの他にも数々の名(迷?)言を残していて、レッスン最後はいつも"Life is short. Enjoy your life!"と言って終わります。これは後で参加者同士の合言葉になりました。

続いて、ディヴィッド・ラッセルです。彼のレッスンは非常に人気が高くてスケジュールはすぐに一杯になっていました。後から受講生に切り替えた僕は残念ながら彼のレッスンを受けることは出来ませんでしたが、おかげで彼のレッスンが始まってからは他の先生のレッスンの聴講生はガラガラ。僕は福田さん、アルヴァロ・ピエッリ、アンドレ・ミオリン、クリスチャン・グルーバーのレッスンを受けたのですが、ほとんどプライヴェートレッスン状態でした。

そのくらい人気の高い彼のレッスンですが、その内容を見ればそれも納得。何よりも感激するのは、そのオープンな態度です。とにかく自分の知っていること全てを伝えたいと言った風で、多少せっかち気味にしゃべるその出し惜しみ無い様子は見ているだけでも一種の清々しさを感じてしまいます。 そして、アイデアの豊富なことに感嘆します。生徒が弾けない所があると、その理由を的確に見抜いて、その修正法として様々なアイデアを提示してくるのです。例えば先にも話した例のスペインの女の子のレッスンで、彼女がつっかえるたびに声をあげてパニックになるので、ディヴィッドが演奏に集中する方法と言うのを実践してくれました。それは、「これから君が弾いている間、僕がその演奏の邪魔をするけれど、何があっても演奏を止めてはいけないよ」と言って、彼女が演奏している間、ギターのあちこちをいじったり、勝手に弦をはじいて変な音を出したりするのです。これにはクラス全体が爆笑でした。しかし、おかげで彼女もその後ずいぶんリラックスしたみたいで、今までの中で一番良い演奏をしていました。

ところで、ディヴィッドの講習に限らず全体的に気になったのは、聴講している人から全然質問が出ないことです。せっかく世界でもトップクラスの講師が来ているのだから、この限られた時間に出来る限りの事を吸収してみればよいと思うのですが・・・。僕自身は科学学会の癖で、各講演(レッスン)が終わるごとに質疑応答をするよう教育されてきました。そこで、アルバロ・ピエッリとディヴィッド・ラッセルの各レッスンでちょっとした質問をしたところ、二人とも快く答えてくれました。ディヴィッドのときは「どのように弾弦しているのですか?どうすれば貴方のような音が出るのですか?」とストレートに質問しました。一通り「美しい音」に関する彼の持論を話した後、「じゃあ、近くによって見てごらん」と彼が言うと、教室にいた全ての聴講生が一斉に立ち上がって彼を取り囲んだため、彼も一瞬たじろいで苦笑いをしていました。

次に、パヴェル・シュタイドル。彼のレッスンは演奏と同様、とにかく面白い。このクラスは常に笑いが絶えません。そして、とにかくよく歌う。彼はとても良い声で歌うのです。この声で歌われると、まるで指揮されているように生徒もつられて演奏が生き生きしてきます。この事からもわかるのですが、彼はフレージングやブレスに非常にうるさいです。また、ユニークに思ったのは、左手でダイナミックをつけることを強調していた点です。特に、右手のタッチに加えて、左手のアーティキュレーションによっても音色を変化させるという考え方は面白いと思いました。また、彼の得意な19世紀の曲に関する説明から、彼なりの見解に基づいてあのような演奏になっていることが理解できます。一見自由奔放に見えますが、音楽的にもテクニック的にも実はかなり緻密に組み立てられていることが彼のレッスンから見て取ることができました。

とにかくセンセーショナルだった初日のコンサートの影響か、彼のクラスも人気が高く、また、中には影響されて、顔の表情を作ったりする生徒も見られました。でも、これはちょっとやりすぎですね。

さて、もう一人はデイル・カヴァナーですが、実は彼女のレッスンは1人しか聴いていないので、なんとも評し難いです。そのレッスンはテクニック的なことに終始していましたが、後でレッスンをじかに受けた近藤さんの話を聞くと彼のレッスンの時もテクニック的な事が中心であったそうです。この辺は、彼女のコンサートを見てなんとなく納得でした。興味深かったのは、彼女の爪は全部付け爪なのだそうです。それも、特別なものでなく、全てふつうのビューティーショップで売っているものだそうです。「外れたりしませんか?」と聞くと、今まで年に60回くらいコンサートで2回くらいしか外れたことが無いそうです(それも、ステージの袖に引っ込んですぐ直せたそうなので、ほとんど問題ないといっても良いでしょう)。音を聴いた限りで、付け爪だということは全く気がつきませんでした。これは、爪の形で悩んでいる人には朗報の一つではないでしょうか。

この他にも、レッスンを受けたアンドレ・ミオリン、クリスチャン・グルーバーなどについても書きたいと思っていたのですが、長くなってきたので今回はこの辺で。それでは、また。

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