2005年6月7日

藤井眞吾様

さて、前回お知らせしたコンクール本選の模様をレポートします。このHeinsberg国際ギターフェスティバルですが、これは今回が第1回目です。そして、今年はHeinsbergが町の創立750年記念という事もあり、町、銀行、企業等から多くのサポートが得られたのだそうです。その結果、コンクールの賞金が1位:4000ユーロ、2位:2000ユーロ、3位:1000ユーロと比較的高額であることもあって、世界中から参加者を募ることが出来ました。

さらにこれら世界中からの参加者が泊まる場所として、Heinsberg市民からボランティアを募ってホームステイする場所を提供してもらったそうです。これは苦学している音楽学校生徒には金銭的に助かると同時に、普段ギターをあまり聴くことのないHeinsbergの人の関心を惹くことに成功したのではないでしょうか(「オラの所にとまっている、あの子が弾くから、ギターとやらを一丁聴きにいってみるかぁ」と、いった具合に・・・)。 実際、本選の際に僕の前に座っていた家族は、演奏中にも何やらヒソヒソ話していて(この事からも普段クラシックのコンサートに言ったことの無いことは一目瞭然)、演奏が終わると演奏者に一生懸命手を振っていました。きっと、演奏者が泊まっていたホストの家族だったのでしょう。ここまでになると、ちょっと微笑ましくなってきますが、コンクールの際には一部の観客のマナーの悪さが多少問題にもなりました。

プログラムにはテープ審査を通過した84名が顔写真入りで出ていて、出場者に親しみがもてるように工夫されていたのも良い点であったと思います。参加国を見るとヨーロッパのみならず、南米や日本、台湾、韓国からの参加者もいて、こんな小さな町にも関わらず国際コンクールの名にふさわしいものとなっていました。町には普段東洋人などあまりいないのでしょう、私達夫婦も会場で「貴方達もこのコンクールに参加したの?」なんて話し掛けられたりして(参加資格があるほど若くないのですが・・・)。 しかし、一次予選ではこの84名の生演奏を全て聴かなくてはならなかった審査員の方々は大変だったでしょうね・・・(ちなみに審査員は、Zoran Dukic, Carlo Marchione, Thomas Mueller-Pering, Kryzsztof Pelech, Tadashi Sasaki, Colin Cooper)。

さてコンクール本選は7時から始まりました。500名近いキャパの会場は昨日に続いて超満員。急遽席を追加しても間に合わなくて立ち見が出たほどでした。主催者のTheoは信じられないといった面持ちで、「ワォ」を連続していました。ただ、この日は気温が高かった上に、空調の無い(わざと点けなかったのか?)ホールを閉めきったので非常に蒸し暑くなり、演奏者は調弦に苦労していたのと、観客にはたまらなくなって演奏の合間に涼みに出て行く人が続出し、ちょっと落ち着かない雰囲気になってしまいました。

本選通過者は以下の5名でした(演奏順)。
Lucas Cesar de Oliveira Imbiribia (ブラジル)
Johannes Moeller(oeはoにウムラウト)(スウェーデン)
Carlos Martinez(メキシコ)
休憩
Juuso Nieminen(フィンランド)
Agnes Condamin(フランス)

30分の自由プログラムで争われました。佐々木先生によると皆他のコンクールの上位入賞者の常連だそうです。

まず一番手のLucas Cesar de Oliveira Imbiribia(長いので以下Lucasと約す)ですが、長い髪を後ろで束ねまるでロック歌手かフットボール選手のようなラフないでたちで現れました。演奏曲目は

L. ブローウェル:ジャンゴラインハルトの主題による変奏曲
H. W. ヘンツェ:3つのティエントス
??:ファンタジア・カリオカ

実は彼の演奏は、2日前のM-Peringの演奏会の休憩時間中にギターの展示室で凄い勢いでロドリーゴの「小麦畑で」を試弾していて、その演奏がまた上手くて、その容姿と一緒に記憶に止まっていました。 本選に出てきた彼の演奏も勿論素晴らしかったです。しかし・・・一番手ということもあってか、観客がイマイチ落ち着きません。さらに、不運にも彼の演奏中に観客の携帯電話が鳴ってしまったのです(しかも、2回も。演奏前にTheoが携帯のスイッチを切って置くように注意したにもかかわらずです!)。本人は何事も無いように演奏していましたが、これで観客の集中力が切れて会場はさらに落ち着かない雰囲気に。また、彼の選んだプログラムはイマイチ観客にアピール度が足りなかったようです。

今回のようにギターを普段あまり聴かない観客がいるコンクール(というのも異常な状況ですが)では、会場の雰囲気を如何に支配するかと言うことも重要な要素と感じあられました。

その点に関しては、2番手に登場したJohannes Moellerはサービス満点。金髪でトリの巣が爆発したような頭に、いかにも人懐こそうな容姿、そして男性演奏者の中では唯一蝶ネクタイにタキシードでばっちり決めてきていました。演奏曲目も

J.K.メルツ:ハンガリアン幻想曲
F.タレガ:アルハンブラ宮殿の思い出
L.ブローウェル:ソナタ

と審査員、一般客の両方を意識した選曲です。(ちなみ、このコンクールには観客が選ぶ観客賞も用意されています)。また他の演奏者が演奏前に単に曲目を告げただけだったのに対して、彼はブローウェルのソナタの紹介で、「この曲の第1楽章ではベートーベンを聴くことが出来ますよ。それから第3楽章ではこんな曲も出てきます」と言って、例の「カッコウ」もモチーフをちょっと弾いて見せました。さらにサービス精神満点なのは、実際にソナタの演奏中「カッコウ」のモチーフが出てくると少し強調してやって、顔を上げて「ほら、ここですよ!」といった表情をして見せたことです。観客からは思わず笑いが洩れていました。これをあの難曲中で音楽の流れを止めることなくです。しかも、コンクールの本選で!この余裕、サービス精神には脱帽でした。もちろん演奏も素晴らしかったです(多少、音の線が細い気もしましたが)。実際、彼はすぐに人気者になって、休憩中多くの人からサインをねだられていました(実は僕も思わずもらってしまいました)。

つづくはメキシコのCarlos Martinez。演目は

J.S.バッハ:プレリュード・フーガ・アレグロBWV998
J.トゥリーナ:ソナタ

彼は太くて非常に良い音の持ち主でしたが、如何せんミスが多く、また、弾き直しなどもしてしまったため印象がイマイチでした(ちなみに僕の前のおじさんが手を振っていたのは彼です)。

ここで休憩。LucasとMoellerの演奏が素晴らしかったので、僕の中ではもうこの二人のどちらかで決まりだろうと思っていました。観客をのせたMoellerの方が有利かな・・・と。しかし・・・

休憩後のJuuso Nieminenの演奏はさらにその上を行くものでした。演目は

M.M.ポンセ:ソナタ第3番
B.ブリテン:ノクターナル

選曲も演奏も窮めてオーソドックスなものです。にもかかわらず彼の演奏には観客を惹きつけて放さない何かがあります。安定した左手のテクニック、ふくよかな音色と完璧な右手のコントロール、自然な歌いまわし。これが26歳かと思えないような落ち着きと余裕があって、もう既に風格すら感じさせます。先のMoellerが観客を楽しませるギタリストとすれば、Nieminenは観客を感動させるギタリストでしょう。演奏が終わると大喝采をあびていました。

最後に登場したのは紅一点のAgnes Condamin。演目は

F.ソル:第7幻想曲Op30
J.S.バッハ:リュート組曲4番BWV1006aより、プレリュード、ルール、ジーグ
R.ディアンズ:サウダージNo.3

彼女も人気者のようで、出てくるなり掛け声がかかっていました。ただ演奏は、難所になるとテンポがゆれたり、音のバランスが悪かったり(サウダージの低音のリズムが殆ど聞こえなかった)で、僕自身はそれほど感激しませんでした。しかし、わかりやすくロマンティックな選曲で観客のウケは良かったようです。

これで、演奏は終わりで審査に入ります。観客はロビーに設置されたお気に入りの演奏者の投票箱に札を入れに行きます。この時点で時間は10時近くになっていましたが、ほとんどの人は帰ろうともせずに結果をまっていました。10時半頃になって発表された結果は以下のとおりです。

1位:Juuso Nieminen
2位:なし
3位:Johannes Moeller

観客賞:Juuso Nieminen

Young Jury賞(フェスティバルのオーガニゼーションに関わったボランティアの学生達が決める):Johannes Moeller

これは誰もが納得する結果であったと思います。また、空席になった2位の賞金は選外となった三人に分けられることとなりました。もう11時近くになると言うのにいまだ満席に近い観客席からは、演奏者達に暖かい拍手がおくられ、第1回Heinsbergギターフェスティバルは幕を閉じました。

振り返ると、これはローカルとインターナショナルと両極端な性格が共存する非常にユニークなフェスティバルでした。この成功は実にHeinsbergという小さな町の人々のサポートなしには成しえなかった物だと思います。逆にいえば、小さな町であったからこれだけのサポートが得られたともいえるでしょう。これがケルンやデュッセルドルフのような大都市であったならば、ここまで成功を収めることは無かったと思います。帰路に着く車の中、若い演奏者達の素晴らしい演奏と共に、Heinsbergの町の人々の暖かなサポートを思いとても感動的でした。そして、このフェスティバルを成功させた功労者Theo KringsとRoman Viazovskiyに心からおめでとうと言いたい気持ちです。

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